2015年05月31日

劇場版「蟲師 鈴の雫」

 まあここまで付き合ったら最後まで、というわけで行ってきました。どう考えても、映画じゃないけど。



 それと気になっていたのは、「蟲師は基本的に特別編が面白くない」ってことなんですね。やはり30分にぎゅっと押し込んだもののほうがずっと面白い。今回も一時間かと思って行ったら、「棘のみち」が併映で100分て。無理やり劇場サイズにすることもなかったんじゃなかろうか。これで1500円均一は少々高い。

 それと「棘のみち」はあまり評価してないんですよねーはっきり言って出来は良くないほう。どうしてこれを選んだかなあ。やっぱり今回も前半は寝てしまった。

 ただ、「鈴の雫」は、ここまで金と時間を注ぎ込んだだけあって、締めくくりにふさわしいなかなかの力作に仕上がったと思います。まあこれで最後と思うと少々さみしいですが。

 映像的に「映画」かと問われるとぜんぜん映画ではないです。劇場で観ていても、家ででかいテレビ画面を見ている感覚とほぼ変わらなかった。映画らしい演出はまったく組み込まれていませんね。

 ただ、「鈴」がテーマだけに、音は実に見事だった。劇場空間をフルに使った豪勢な音づかいは「劇場まで来てよかった」と思いましたよ。クライマックスの「鈴」が鳴り響くシーンはまさに背筋がぞくぞくっとしましたからね。

 まあ今回は苦し紛れの「劇場版」でしたが、本当にマジで劇場作品を目指すのであればどういう形があり得るのかは考えてみてもいいと思う。オリジナル作品、結局今に至るも一本もないわけですからね。
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2014年12月22日

「蟲師 続章」#20常の樹

 むう、あと一本残ってるんだけどなあ、と思っていたら、なんと劇場でやるらしい。客来るのか。今までもスペシャル版はむしろ出来があまりよくなかったのでちょい不安ですねえ。まあそれ以前に「ちゃんと完成するんか」というのもありますが(^^;

 

 まあ、最後は完治はしなかったものの、蟲と折り合いをつけて生きていく術を見つけるところで終わるあたりがこのシリーズのしめくくりとして悪くなかったかなと。いかにも「らしい」内容でした。自然との共生はこの作品の重要なテーマのひとつですからね。

 とはいえ御神木を切るかどうかというような日本の環境テーマ作品では定番の主題は「蟲師」ではありそうでなかったですよね。しかも「木に切らされた」とでもいうようなひねり方をしてくるのが実にこの作品らしい。

 主役の辻本耕志はあまりうまくないなあと思っていたら芸人でしたか…清野佳津美も俳優。雪乃さやかは声優ですが、目立った業績がなし。秋葉月花は子役。なんか最後はあまりパッとしないキャスティングだなあと思っていたら、ギンコの過去シーンのキャストが超絶豪華。

 ワタリの長老が羽佐間道夫ですよ、奥さん!ヤマトのナレーションでおなじみの御大さすがの存在感でございました。そして少年時代のイサザは小清水亜美だし。

 なかなか最後にいいものが見られました。ありがたやありがたや。「鈴の雫」ちゃんと初夏にやってくださいましね(^^;
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2014年12月20日

「蟲師 続章」#19泥の草

 おそらくは、蟲師の全エピソードの中でも極め付けに暗く救いのない話。こんなクライマックスに持ってくるとはなんと趣味の悪い(笑)



 とはいえ、非常にムードのあるビターな音楽を効果的に用いて、かなり異色のミステリタッチの作品に仕上げているのはさすがというほか。結構見ていて「おおー」っと引き込まれてしまいましたよ。

 声優は無名の子役や俳優が主体ですが、シゲル役の矢部雅史は「lain」のころから活躍しているベテランで、「蟲師」には旧シリーズもOVAにも皆勤している人。ワタリ役は印象深いですね。脇役がほとんどですが、これだけ長い期間キャリアを継続している技量と存在感は大したものです。確かに、この難しい役どころにはぴったりのキャストと言えるかも。

 見終えてじんわりと切ない苦みの残る結末。「…山にも帰れなかったか」というギンコの言葉が重く響きます。こういうのもたまにはいいですね。でも次回で終わりか…さみしい(^^;
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2014年12月14日

「蟲師 続章」#18雷の袂

 こちらは後半シリーズではちょっとめずらしいぐらいの暗い話。ちょっとした行き違いから、誰が悪いわけでもないけど壊れた家庭ができてしまったという。昔は珍しくなかったんだろう。こういう火宅。



 ふてくされた少年と心が壊れた母、困惑する父。非常に難しい役どころと思うんですが、どういうわけか今回は素人声優の子役と女優でした。まあ悪くはなかった…うん。特にしのはずっと感情のこもらない声だから、女優でもなんとかなったのかな。

 ただ、やっぱり今シリーズで登場している他のベテラン声優の深みからみると、どうにも浅いのはいかんともしがたい。しかし声優の回と俳優・子役の回の差異って何でしょうね(^^;

 その代わり、今回は蟲の描写が久々にすばらしい。腹の中の蟲がスーッと抜けて空に消えていくシーンの美しさは、まさしく手描きフルアニメならではだなあと思いますよ。こればっかりはCGで再現できない。このぬめっとした質感はまさにハンドメイドの業と言えますね。
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2014年12月07日

「蟲師 続章」#17水碧む

 今回は、主役の二人とも渋すぎる大ベテラン。ちょっとびっくり。特に子役かと思ってた湧太役がハンターさんの潘めぐみとは思いませんでしたよ。もともと男の子役の多い人ですが、「残響のテロル」のハイヴとかもやってるのか。



 確かに人ならぬ少年という意味では、潘さんは超はまり役。これに対して母役の折笠冨美子さんは本当にいろいろの役をやっている人でこういうキャラというものに染まらない強みがある。個人的に印象深いのは「ぱにぽにだっしゅ」きってのバカキャラ姫子ですが、「電脳コイル」のヤサコや「黒魔女さん」のチャコなど、本当にいろいろな役を見事にこなすカメレオン声優ですね。そしてまさか姫子の声の人とは欠片も思いませんでしたよ。「母親役の人、存在感たっぷりでうまいなあ」と感心はしてましたが。

 しかしこのストーリーにこの組み合わせというのはちょっと思いつくようでいて思いつかない。14話の須本母娘というのはちょっとした悪戯心で思いつくとは思いますが。今回はここ最近のハッピーエンドとは違って、かなり苦いデッドエンドで、だからこそすごく声優の演技が問われる回。

 ぬめっとした独特の湿気と水の質感も最高によかったです。田舎の淵のただならぬ魔性感というのは、見た人じゃないとわからないかもしれない。岩だらけの清流じゃなくて、泥がいっぱいたまった中流のぬるい淵の感触ですよね。ぬめぬめどろどろ。それがいい。
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2014年11月28日

「蟲師 続章」#16壺天の星

 今回は子供の話。というわけで主役の二人は無名の子役みたいです。まあ、それほど悪くはなかったけれど、見ていて思ったのは、宮崎御大もそうだけど、俳優とか素人の声にリアルを見出すのはなんか筋違いだろうと。だってアニメという表現自体がリアルとは別の秩序のもとに組み立てられた別のリアルなんですから。

 

 今回はそのぶん、画面が素晴らしかったので、まあいいかなと。特に月に向けて煙を揚げるとそこから人の影がひょっこり顔を出していつの間にか井戸の底に変わっている、というだまし絵のような構図の素晴らしさには本当に感服しました。この「続章」では、第二話の海岸を飛ぶ無数の蟲の光景以来でしょうか。

 原作にぴったり寄り添うことで、時としてこういう動画のダイナミズムを生み出すのがこの作品が金字塔とされる要因のひとつであるでしょう。この一瞬には、寄り添うことで確かに原作を超越してるんですから。

 まことにもって見事、というのはこのことでありましょう。ラストの竹筒からポワッと鉱脈筋の光があふれ出るシーンも絶品でありました。作品のクオリティとしては、二話と並ぶ傑作と言っていいと思います。まあこの後期は別の楽しみ方も提案しているので、ちょっとその方面では物足りなかったのが残念ですが、これはこの際仕方ないですよね(^^;
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2014年11月21日

「蟲師 続章」#15光の緒

 今回もずっしりと重くすばらしい出来栄え。やはり浜添伸也・東郷すばるの夫婦役の声優二人の演技が見事でしたね。どちらもあまりよく知られていない声優さんですが、ここまでの実力ある人が埋もれているのはもったいない。よくぞ掘り起こしてくれましたという感じですね。特に無名だけど忘れがたい演技を見せてくれた東郷すばる女史、よく覚えておこう。



 今回のエピソードは。子供の話に見せかけて実は夫婦愛の話なわけなので、このキャストは大正解。東郷すばる女史の「…なんて美しい」というセリフはまさに震える見事さでしたよ。出産後、世界が違って見えた時の感動をあらわす演技の見事さは、今回の最大の見どころのひとつ。

 ここまで存在感のある声優さんと共演してしまうと、中野裕斗氏が棒台詞に聞こえてきてちょっとぎょっとしてしまう。「なるほど、これは心配ですな」はもう少しなんとかならなかったものか。

 まあ、続章後半のテーマがどうやら「声優発掘」みたいなので仕方ないですが。この名演があればこそ、超絶作画も生きてくるというもので、樹の表面から輝く糸を抜き出すシーン、ぞくぞくっと来てしまう官能美でありました。

 あと、杉林の木漏れ日の美しさも絶品でしたなあ。こういう「よく手入れされた山林」が現代では本当に少なくなってしまったから。どこで取材したのかちょっと知りたい。
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2014年11月09日

「蟲師 続章」#13

 視聴後「ほぅ」とため息。これぞ「蟲師」。相変わらずこういう芸当ができるのがこの作品のすごいところですよね。



 見終えた瞬間背筋にぞわっと来るものがある。これは他のアニメではめったにないことです。

 今回は渋い老夫婦の話ですが、アバンの影がヌッと出てくるあたりもすごい。子供の話と老人の話が同居し、結果としてかなりスケールの大きい時間SFになっているあたりはさすがというほかありません。

 その重厚なドラマを支えているのが超ベテラン声優二人で、前回の古川登志男のように誰もが知る大物というわけではありませんが、wikiでちょっと調べればびっくりするぐらい息の長いキャリアに驚きます。ああ、こういう人の力によって日本のアニメは永らえてきたのだなあと思いますよ。

 特に今回の実質的主人公というべき西村知道氏は、wikiをたどってびっくり。「ゴールドライタン」の最後の黒幕ミスターメカXであり、「うる星やつら」の友引高校校長であり、最近では「琴浦さん」の祖父・善三であったという!なんという息の長い活動かと驚くばかり。そういわれてみれば「ああ、あの」と皆思い当たる声ばかり。

 これだけのキャリアを持つ人だからこそ、人物の中に堆積していく時間をありありと描き出すことができる。「蟲師」のキャスティングには疑問を感じることもないではないですが、特にこういう時は「やってくれるよなあ」と思ってしまいます。本当、「まいりました」と言うしかないじゃないですかこういうときは。
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2014年11月02日

「蟲師 続章」#12

 なんと今回「蟲」が出ない!ということに見終わって大分たってから気が付いた。



 というかそもそも、今回はギンコがほんの一瞬しか登場しない。そして本編の主役は古川登志夫!われわれの世代には「うる星やつら」のあたる役として忘れられない存在です。こんな渋い声出す大人の声優になってたんだなあとしみじみ実感。そりゃ自分も年を取るはずです。

 声優的には少々微妙な気分も覚えがちなこのシリーズですが、今回は「よくぞ」と言わざるを得ない。

 だって今回は、ギンコすら一瞬になってしまうような壮大なスケールの時空間が描かれ、その一瞬の邂逅が少しずつ世界を動かしていくという感じの話なんですもの。古川登志夫ぐらいの大ベテランじゃなきゃこういう役はできませんよね。

 こういうのもまた「蟲師」であると言い切れるのがこの作品の面白さでしょう。何よりも。まだまだ目が離せません。「寄生獣」よりこっちの方がよっぽど面白いよね(^^;
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2014年10月24日

「蟲師 続章」#11

 後半がここからスタートというのは観て納得。「棘の道」はなんか浮いてたもんなあ。不思議にスペシャル枠の方があまり面白くなくて、本放送枠の方がなぜかしっくりくるという。



 少年ギンコの過去エピソードから入るというのもすごく納得できたし、テレビシリーズの形がこの作品には一番キレイにはまるんだなと思いました。今後、OVAとか劇場版とかあっても、たぶんここまで心惹かれるものはもうできないかもしれない。それはそれでさびしいことではありますが。

 今回もまた、狂気のようにたくさんの蟲が登場してて(^^;いや、こんなんやってたらそら間に合わんわ!前シリーズも、不人気で打ち切られたのではなくて、制作が間に合わなくて衛星放送で申し訳程度に公開したのではないかと…よく考えたら、前シリーズの頃は、まだアナログ放送時代で、衛星ってあくまで例外的なもんだったんですよね。そう考えると時代の流れの速さがなんだか怖い。

 結局長M監督は「蟲師」だけのクリエイターになってしまって、これ以外の作品は著しく影が薄いというか明らかになんかアレなのですが、それはそれで仕方ないのかもしれない。ていうか、これだけの作品が普通は作れない。そんなエポックメイキングがひとつあるだけでもラッキーというべきでしょうか。

 確かに「蟲師」の後を追うように「原作によりぴったりとより沿う」クオリティが当たり前になってしまいました。そういう意味では、第一シリーズの時のような衝撃はもう望めず、セールス的にはむしろ埋没しているありさまなのですが…それでもやはり見ると突出した何かは感じる。

 後半も正座して見ようと思います。あたしかさんや柚枝さんに出会ったきっかけの作品のわけですしね。
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2014年06月30日

「蟲師 続章」#10冬の底

 終わってみれば意外にけっこう最終回にふさわしい話でした。



 なんと登場人物がギンコただ一人という。おそるべき一人芝居。しかし雪も全部手描きじゃないのか?と不安になってくるほどの稠密な画面。いや、確かにすごいけど、スケジュールが破綻していたら元も子もないでしょうと。残り2話はBS11で8月末放映って、忘れたらどうしてくれる(^^;

 なんか回を追うごとに蟲のフルアニメ描写がすさまじいことになってきて、逆に困惑してしまう。確かにすごいんだけど、ほんの一瞬ちらっと見せるからこそ、異形の迫力が出るわけでしてね。「囀る貝」のラストシーン、ぞわっとなるほどすごかったけど、あれラストの数秒にあのすごい作画が集約されてたからこそインパクトあったわけでして。

 何事もやりすぎはよろしくない。メリハリは大事です。技術オリンピックじゃないんだから。

 まあ、後半は無理しすぎないよう、がんばって(^^;
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2014年06月21日

「蟲師 続章」#9 潮わく谷

 「蟲師 続章」はいったん10話で休止し、11話以降は秋からの放送だそうな。もともとは12話までの予定だったはずですが、ぜんぜん間に合いませんでしたね(^^;



 9年前(もうそんなに経つんだ)の第一シーズンも、放送局が渋ったんじゃなくて、ただ単に制作が間に合わなかったんじゃないかという気がしてきた。なんせ前回も20話という非常に半端なところでの途絶でしたからねえ。

 今回は、蟲の出番はかなり少なく、比較的楽なほうだったかもしれませんが、それでも谷一面の揺れる稲穂とか、ひょっとしたらCG使ってないんじゃないかと思うほどの自然なうごき。おいおい、あれを全部作画してたら死ぬよ…さすがにアップの一部だけだろうと信じたいけど(^^;

 しかし、母親の目から白い涙がたらりとこぼれて死ぬシーンは妙にエロチックだったなあ。いや、変な意味じゃなくて。これまたフルアニメの真髄ではあるのですけどね。今回のエピソードもギンコはなにもしないけど、当事者たちは豊かさと幸福について考える機会を与えられるという。

 ある意味かなり哲学的かも。
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2014年06月14日

「蟲師 続章」#8

 一週落ちました。なんでかなーと思っていたんですが、見て納得。あーこれは間に合わなくなるわ(^^;

蟲音 続 - ARRAY(0xb0db888)
蟲音 続 - ARRAY(0xb0db888)

 いや、蟲の描写ってフルアニメなんでしょ。ふつうは一瞬しか出てこないからそんなことできるんだよなと思っていたんですが、おいおい、ほぼ全編登場してるではねいですか。

 しかも画面いっぱいにびっしり。よくもまあ気が狂わなかったもんだ。おそらくは、「これは一話分総集編の保険をかけておかないとやばい」ということで、最初から振り返りスペシャルを設定していたんでしょうが、それでもぜんぜん間に合いませんでしたね(^^;

 ある意味かなり苦い結末ですが「自然といかに折り合って生きるか」という日本人ならではの自然観が非常によく出た、このシリーズを代表する作品といえるのではないでしょうか。蟲の価値観を尊重しいかにして自分は生きていくのかという。

 家庭からは出ていく羽目になったとしても、それはそれで生きていく道はある。苦いけれど、希望の光がかすかに差す結末。独特の重さがとてもすばらしい。
posted by てんちょ at 01:19| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 蟲師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月31日

「蟲師 続章」7話 日照る雨

 今回、ギンコは何もしません。それでいて、きちんと役割を果たしている。まあ「らしい」といえば「らしい」のではありますが。



 今回は「逃げ水」が重要な伏線となります。アニメで逃げ水を表現するなんてまさしく至難の業。まあ実際水たまりみたいにしか見えないんですが…あ、でもこれは偽物の逃げ水だからこれもアリなのか。

 すごくささいなことで、ひどい宿業を負ってしまう、しかも即効性のある治療方法はない。ある意味こんな悲惨なことはない。でも、いつかは完治することもできる希望はある。だとしたら、因果とうまく付き合っていくしない。ある意味、すごく仏教説話的な深みのある話で、いろいろと考えさせられてしまいます。

 今回の蟲はある意味、誰にでも取りつく普遍的な「災難」ということが言えるのでしょうから。病とか不幸とか。でも、たちどころにふりはらう方法などなくて、自分の一部として受け入れながら、少しずつ取り除いていくしかない。

 そういう意味では「お前さん、なかなかうまく付き合っているじゃないか」というギンコのアドバイスは、ある意味ベストのものといえるのかもしれません。

 さて来週は一回休み。うーん、結構作画難航してるんだろうか。心配。
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2014年05月17日

「蟲師 続章」6話 花惑い

 アニメにおいて桜は結構扱われることの多い題材といえます。実際、かなり便利な季節の記号となり得るし。ただ、本当に満開の桜の怪しいまでの見事な姿は意外にちゃんと描けていないものです。



 闇にぽっと浮かぶこんもりとした桜色の塊。そうそう、こういう感じだよなあ、桜というのは、こうした、見た瞬間に「ああ、確かにこんな感じだ」とイメージを思い起こさせる描写力の深さ、これがなんといっても「蟲師」の魅力ですよね。人の記憶の中に眠るイメージにまで踏み込んでくる表現力。なかなかここまでできるものではありません。

 そして今回のテーマは不老不死。まあ、オチとしてはこの手のテーマではかなりありがちなものではあるのですが、植物の側から表現してみるのがこの作品の独創。なるほどね、という感じです。まさしく。

 そして不死を手に入れた瞬間、異形になってしまうというのも定番ではありますが、異形そのものではなく、異形を見守る一族の側から描いていくのが面白いといえば面白い。それにしても、ものすごくスケールの大きな話になるな最後は。ギンコたちの暮らすこの時代、何年続いているんだろうか。
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2014年05月09日

「蟲師 続章」#5 鏡が淵

 なるほど、コメディ回(^^;



 確かにシリアスな展開の多いこの作品にあって、こんなわかりやすいマンガ的ヒロインはちょっと珍しい。まあ、たまにはこういうのもいいよね。恋に恋するヒマな乙女(笑)ギンコさんも振り回されてますなあ。思えば、この作品で一方的な執着心の強い妄執的な「愛」が登場することは結構珍しい。夫婦愛とか家族愛は普通に出てきますが。こういううっかりさんででもなければ、水鏡の餌食になることなんてないんでしょうね。

 恋愛脳娘だったからこそ、こんな弱い蟲でも手を焼くことになったわけですが。しかしこの蟲の特性が本当なら、獣相手でも絶対本体を乗っ取れないんでない?どんな獣でもふつう襲われたら相手を見るよね?要するに成功するのは、よっぽど相手が弱って目も開けられないような時だけか…ほとんど危険度のない蟲ですね、これ。

 そう思うとラスト、ギンコさんにつき従っていく水鏡が妙にションボリして感じられるのは私だけでしょうか(^^;
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2014年05月02日

「蟲師 続章」#4夜を撫でる手

 「蟲師」が他の作品とまったく違い強烈にいろいろと感じるところがあるとすれば、それはふだんくらしていて考えもつかないような部分をバシバシと刺激してくること。



 普通はアニメを見ていて「狩りってなんだろう」とか考えたりしませんわな。そういうところが蟲師のすごいところだと思う。都会に暮らしていると狩りなんて一番遠いものですが、近隣の山に登ると、イノシシの皮を干しているところに出くわしたりもして…遠いようでいて近いものなのですよ。狩りというのは。

 あまりに人間が関心を払わず放置しすぎるとイノシシもシカも増えすぎて害を成すものなのだそうで…適度に間引くことでライフサイクルにかかわることは必須だということなのでしょうね。無視するとかえってよくないことがおきる。このあたりが実に難しい。
 
 とはいえあまり傲慢な関わり方をすると、それはそれでダメージがふりかかる。そうしたエコシステムに対する節度のある関与という点で、この作品ほどいろいろなことを教えてくれるものもない。本当、勉強になります。

 人間はそういう「ほどほどの関与」のさじ加減を忘れてしまった生き物で、だからこそいろいろな側面でつまづいてしまうのだろうなと。その寓意の産物として登場するのが「蟲」であるわけです。

 それにしても、長濱監督、「蟲師」だとここまで深い表現ができるのにそれ以外だとどうしてあんなにトンチンカンになるんだろう。本当に謎。
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2014年04月27日

「蟲師 続章」#3 雪の下

 関西放映はほぼ一週間、全国から遅れてしまうのですが、まあそれでもBSやニコ動で無理に追いすがるよりは、ゆっくりとペースを守って伴走していきたいかなと。そういう楽しみ方を感じてます。



 今回もねっとりとしたぼたん雪の質感が見事で、思わず見入ってしまいました。そうそう、これは北海道のパウダースノーでなくて、あくまで北陸の重いドカ雪なのですよ。

 そういうことまで詳細に感じ取れるのがこの作品の魅力。そして、だからこそ感じる不思議な冷たさのエロス。うむ見事だ。

 石黒達昌の医学SF「雪女」も、こういう低体温でも死なない話でしたが、アイデアと展開はかなり異なります。患者のまわりにだけずっと雪が降っている、という設定は実にビジュアルですばらしいし、ずっと見守る女のおかげで男がかろうじて現実に帰還する、という展開も見事。

 原作とアニメ版の絶妙な阿吽の呼吸を感じずにはいられません。
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2014年04月19日

「蟲師 続章」#2 囀る貝

 うわーなんだこれ。回を重ねるごとにすごいことになってるんだけど。



 読んでいてぞわぞわする感じが尋常じゃないです。何よりも、ラストシーン、海岸から一斉に無数の蟲が飛び立つシーンの衝撃はまさしく頭をガツンとやられた気分。見ていてほとんどトリップしてしまってました。

 あれは実際アニメでなければ描けない世界で、わずか数秒だけど「世界の驚異」が肌に感じる瞬間てこういうもののことなのだろうなとしみじみ思いました。

 いつものことながら作品の設定と蟲の習性が密接に結びついていて、「なぜ人間は群れで暮らすのか」という人文的な問いをつぶやいてしまいましたよ。網元制度というのも搾取構造として理解しがちですけど、あまり豊かでない村落では、一種の相互扶助として成立しているということなのですよね。

 面白いのは、それと蟲の生活が微妙にリンクすることで、偏執狂的なまでに背景を描き込むことが作品の奥行を広げることにつながり、正当性を獲得しているのが非常に興味深いと思いました。いやすごいですよね。本当にただ、すごいとしか。
posted by てんちょ at 03:42| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 蟲師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月12日

「蟲師 続章」#1

 まさか今頃になって「蟲師」タグを使うことになろうとはねえ。「蟲師」では、あたしかさんとか柚枝さんとか、いろいろな現在に至る縁を得ることができたので、そういう意味でもすごく思い出深い作品。



 でも長濱監督は、その後期待されたのとはかなり違う方向へ行ってしまい、ちょっとがっかりさせられてしまった。そういう意味では、これも「どうかなー」と心配していたのです。昨年末に放映されたBSの特別編「日食む影」は、悪くはないけど、ただ旧シリーズをそのまま続けたような感じで、「何をいまさら」な感じを覚えてしまい、ちょっと書きそびれていたのでした。

 しかしテレビ版第一話はさすがに違った。いや、あの感動がよみがえってきましたよ。そうそう、あの背筋がぞわぞわっとするような怪異との遭遇を感じさせる表現の数々。BS特別編では若干薄れていたあの異質な触感が見事に戻ってきていたのには感動すら覚えました。

 あの後デジタル面では大幅な技術革新があったわけだけど、そのままの形で続きを作るのはアリなのか。

 「アリなのだ」と確信させる自信に満ちた表現。それがBS版にはなく、今回のTV2期にあるものでした。旧シリーズで確立された異質さとの距離感はすでに完成されたものであり、多少の技術革新があったところで、なんら何かを変える必要などないのだという自信、それはBS版での試行錯誤があったからこそ自信を持って語れるものだったのではないでしょうか。

 今回のシリーズの開幕は意外にも「野末の宴」からだったのですが、そういえば旧シリーズは五感をとても大事にするシリーズだったよなあと今にして思うわけです。だから「味覚」からのスタートだったわけか。

 そして何よりも光酒の輝きの視覚表現も素晴らしかった。「この世ならざるもの」の表現にこれほど長けていたのは、偏執的なまでに日常の表現を克明に作品中に取り込んでいたからで、その貪欲さこそがアニメ版「蟲師」の魅力であったと確信をもって言えるわけです。

 それ自身が虚構であるアニメの現実表現、そのメタフィジカルな自己言及に自覚的であるからこそ、「蟲師」はすぐれた作品であり、その「自己言及」をはき違えたからこそ、その後の長濱監督はさまよってしまった。しかしここで原点回帰したことは決して無駄にならないはずです。一周して戻った場所は実は螺旋を描いて先に進んでいるのだから。ここからどんな表現を見せてくれるのか。なんと今時珍しい二クール。楽しみです。
posted by てんちょ at 00:50| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | 蟲師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月20日

蟲師第26話「草を踏む音」

 …最後の最後でやっちまいました。
 家族がうっかり主電源を落としてしまって、生き延びたのは最初の1分と気付いて再立ち上げした後の最後の5分…(;;えーい、こうなったらイチかバチかでアフタヌーンの上映会に申し込んでみるか。

 何も最後にこんな目に遭わなくても。不運だ。

 まあ、冒頭の1分見ただけでも、霧の描写のすごさには肌が粟立ちましたよ。何でこんなすごいアニメがこれで終わってしまうかなあ。まあ、あまりにも大変、というのはあるのであまり無理はいえませんが。

 だからこそ、「またすぐにお会いしましょう」という感じのEDはよかった。もうないんだろうと思っていた予告の和紙もちゃんとあったのはうれしかったし。うん、こうやってこの先も続いていくんだねと感じさせる幕切れだったと思います。

 この先も、半年ぐらい置いて6本ぐらいずつのミニシリーズをコツコツと発表していってもらえるとうれしいかな。何よりもオリジナルエピソードが見たいなあ。このスタッフで熱意を込めてオリジナルな話をつむぎ出した時、何が見えるのかと思うとワクワクする。

 まさしく歴史に残る傑作だと思います。長濱監督以下スタッフの皆様、おつかれさまでした。そう遠くない日に再会できることを楽しみにしております。
posted by てんちょ at 14:55| 🌁| Comment(2) | TrackBack(7) | 蟲師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月12日

蟲師第25話「眼福眼禍」

 眼に寄生する蟲の話。当然、誰もが第2話のマナコノヤミムシを思い出すと思いますが、今回はちょっと違う。盲目の人が「見えすぎる」ようになる話だから。このあたりは、結構「絶対少年」の時に調べた話なので、ちょっといろいろ言いたいことがあります(笑)

 山口真美著「視覚世界の謎に迫る」(講談社ブルーバックス)

 「絶対少年」2周目のテキストとして使わせていただきましたので、詳しくはそちらを見ていただきたいのですが、要は、「盲人が始めて視覚を得たとき、うまく像を結ぶことができない」ということ。今まで視覚を知らなかった脳がいきなり外の景色を見たとしても、「ただまぶしく見えるだけ」で、ある程度修練を積まなければ外の風景を認識することができない。

 つまり今回の話は「まちがい」だといいたいのかというと別にそうではありません。というか、上で述べた話は漆原氏も知っているふしがある。

 最初に眼福が眼に飛び込んできたとき、周が「まぶしいだけでぼんやりとした光しか見えない」という描写がちゃんとあるからです。ところが、この後急速に「見える」ようになっていく。つまり、宿主の目に飛び込んだ眼福は、すばやく幹機能を奪うということなのでしょう。

 要するに見ているのは眼福であって宿主ではない。宿主は、眼福の得た視覚情報を一時的に共有しているだけなのです。

 ならばどんどん見える距離が伸びていき、最後には未来まで見えるというのをどう解釈するか。ファンタジーとして触れずにおくこともアリですが、そこをあえて解釈してみる(笑)

 原作でもアニメ版でも触れられていませんが、眼福は個体ではなく、群体の蟲と仮定してみましょう。目玉はいわばコロニーであり、そこから微細な個体の蟲が外に行き来している。もちろん目に見えないほど小さいので、移動速度は大変に速い。それで、個体が外まで出かけて捕捉してきた視覚情報をツバメがエサを巣に持ち帰るようにして貯めこんでいる。もちろん宿主の都合など蟲は知ったことではないからどんどんランダムに情報が流れ込んできて、宿主を混乱させることになるわけです。

 そして目玉を乗っ取る領域が増えていくにしたがって、認識できる空間は拡大していき、しまいには時間の領域にまで乗り出していく。なぜそんなことが可能なのかというと、単体の蟲が十分に微細だから。要するに「光の粒」を外で捕まえて目に持ち帰っているのだと思う。だから、光の粒を捉える、すなわち「観測」した瞬間に「決定」してしまう。「量子論」の理屈ですね(またかと言わないように)。だからこそ、周が見た未来の光景は、決して変えることができなかったんではないでしょうか。既に「観測」を終えてしまった出来事だから。

 とまあ、そんな風にSF的解釈もできるのが今回のエピソードの面白さ。ただ、それにしても非常に辛い話ですよね。ギンコも精一杯運命に抗ってはみたけれど、結局変えることはできなかったわけだから。

 あと1回。うーん。さみしいなあ。「アフタヌーン」が21-26話の上映会を全国でやるらしいけど行ってみようかな。どうせなら未放映のオリジナルエピソードもやればいいのに。って、言うのは簡単ですけどね。
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2006年06月06日

蟲師第24話「篝野行」

 どう読むんだ、ってまず悩みましたよ。そうか、「かがりのこう」かぁ。いや、先週の予告で読み上げてるんですけどね。一週間もたつと、すっかり忘れてしまってますんで。ああ、もう年だ(^^;日本語に対してまだまだ学がないと反省しきりですよ。

 今回は「火」が主題のエピソード。水だの光だの土だのと、いろいろなテーマでつないできたこの作品ですが、意外にも「火」が主人公な作品は今回が初めてではないかな。「枕小路」のクライマックスの野火が印象的だったぐらいで。今回はただの「火」ではなく「火」に擬態する「陰火」というひねり方がすごい。毎回よく考えるもんです。

 原作では白っぽくフワフワした人魂みたいな描き方でしたが、アニメでは色をつけなけばならない。それでどうするんだろうと思っていたら、緑がかった青色の、まさしく「冷たい火」というしかないものが出来上がっていたのには驚嘆。これはまさしくアニメ版の手柄でしょう。見たところいかにもひんやりと冷たそうで、でもまぎれもない火。この動き方と色を決定するには相当に苦労したことでしょうが、その甲斐はあったと思います。

 今回はライフサイクルについての物語でもあります。生き物の生態系をよく知らないままお手軽に駆除しにかかると、痛烈なしっぺ返しを受ける。ぴったりの例はなかなか思いつかないのですが、そうですねーハブ駆除のために沖縄に持ち込まれたマングースによる生態破壊って有名ですよね。
 確かにマングースはハブを食べる。ならばマングースを持ち込めばハブをじゃんじゃん食ってくれるだろう、と考えた人間は残念ながら甘かった。今となっては笑い話のようなエピソードですが、ハブは夜行性。これに対してマングースは昼行性。二種の間にフラグの立つ出会いはありませんでした(笑)そんなことも考えずに移入したのかと考えの浅さにはあきれるばかりですが。むしろマングースの餌食になったのは、ヤンバルクイナとかアマミノクロウサギとか、減ってもらっては困る絶滅危惧種ばかり。目下、マングースの捕獲が懸命に行われているそうですが、いささか間違いに気付くのが遅すぎた。

 今回の主人公である野萩は極めて理性的で見識の高い蟲師でしたが、それでも間違えるときは間違ってしまう。それだけ自然を相手にすることの難しさを感じさせるエピソードだったと思います。本当、重厚で存在感たっぷり。いいキャラでした。

 ちなみにウェヴ上で「生態系」と「駆除」で検索すると、ヒットするページの多くは、ブラックバスの駆除に反対する釣り人のページ。一見、もっともらしく理性的に見える理屈ですけど、そもそもそこにいないはずの魚を釣りたいという手前勝手な欲望で放流したのは釣り人のほうですよね。その段階ですでに生態系に対する負荷はかかっている。ならばその負荷は取り除いてやるのが正解でしょうね。さっきのハブとマングースのエピソードになぞらえるならば、ブラックバスは間違いなく「マングース」のほうです。
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2006年05月30日

蟲師第23話「錆の鳴く聲」

 何かもっと陰惨な話だった記憶があるのですが、結構結末はさわやかでしたね。まあ、村八部にされる主人公の家族はかなり悲惨なんですが。

 それにしても毎回言ってることなんですが、この執念に満ちた描きこみはすごい。田舎生活経験者をも納得させてしまう手触りのリアル。田舎でファンタジーを成立させるためには、いろいろとリアルな描きこみが必要。それが面倒くさいというのなら題材にする資格などない。背景に田んぼと山川が描かれていればいいだろうという安直な姿勢で演出に挑む作り手は万死に値します。「ひぐらしの鳴く頃に」スタッフは、猛省すべし。

 まあそういうダメアニメは放っておいて。今回は特定の周波数の「音」についての物語。「錆」と「音」の結びつけは意外なようですが、実際に虫避けや特定の虫を吸引するために音を使う除虫器具は割と一般的。

 夏の名物・蚊の場合、吸血するのはメスだけなので、オスの蚊の羽音の周波数を発してメスの蚊を追い払おうという装置が実際にあるようです。メスはオスの羽音に引き寄せられそうな気がするんだけど。なんで遠ざかるのかは不明。

 http://store.yahoo.co.jp/chinya/c4b6b2bbc7.html

 結構自作している人もいたりして。設計図をネットで公開したりしているので、割と思いつきやすいアイデアなのかもしれません。ただ、効果については疑問を提示している人も多い。まあ、蚊には実際にどんな風に聞こえているのやら分かりゃしませんしね。

 ただ、音によって影響を及ぼすこともある。このあたりが今回の発想の原点なのでしょうか。見た目はどうみても「流行り病」なのですが、実は本質は現れ出ることがない音によって影響が現れる、という巧妙さは大きな驚きをもたらしてくれます。錆がズルズルと散っていくさまはかなりインパクトがある。このあたりはまさしくアニメ表現ならでは。

 逆に言うと「錆」にこだわっているうちは本質が見えない。実際には何が起きているのか、「関係性」と「構造」を理解しなければ、解決はおぼつかない。そのあたり、結構この作品も「科学的思考」に基づいているのでは、なんてことを思ったりしました。

 ほぼ文句のないできばえであることは議論の余地のないこの作品ですが、今回の「テツ」の演技は少々痛かった気も…ちょっと珍しいですね、「蟲師」ともあろうものが。
posted by てんちょ at 15:25| 🌁| Comment(0) | TrackBack(6) | 蟲師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月23日

蟲師第22話「沖つ宮」

 アニメ版後半に配置された作品は、SF性豊かで壮大な作品が多いのですが。今回はまさしくその最たるものですね。発想の源泉はおそらくヒトクローンと代理母出産の問題。

 「SFとしては想定の範囲内」としておられる方もいましたけど、いや、それはどうかな。SF読みとしては、蟲の正体が

「生き物の時間を食べる存在だった」

というアイデアはまさしく絶妙の離れ業に感じられましたよ。クローンの方に目が向いてしまっていただけにね。「産み直し」の着想自体は原作でも印象的だったのでよく覚えていたのですが、「生き物の時間を食べる」という隠し味的アイデアは、きれいさっぱり忘れてしまっていました。たぶん、アニメ版の方が、アイデアにうまく肉づけしているぶん、強く印象に残るということなのでしょうが。

 何といっても、ラスト近くの蟲の襲撃シーンの恐ろしさは圧巻です。海の深遠から海草のような触手がスーッと上がってきて巻きつくイメージは実に強烈で、夢に見そう。

 実は子供のころ、田舎の祖父の家で、庭にある池に落ちたことがあります。家族が見ている目の前でのことだったので、すぐ引き上げてもらえたのですが、口からゴボゴボと空気がもれていき、頭に水草がからまり、目の前を魚がゆっくりと泳ぎ過ぎていくのが見える。
「あー今溺れてるんだなあ」
とまるで他人ごとのようにぼんやりと考えながら沈んでいく。そんな感じでした。

 本当に驚くのですが、今回のエピソードでギンコが海底に引き込まれていくときの描写とほぼそっくり同じなのです。これはどういうことなのか。ひょっとして、長濱監督は溺れた経験があるんだろうか、本当にそう勘ぐってしまうほどリアルな描写でした。

 今回のラスト6話、暗めの話が多いのですが、壮大なイメージを抱えさわやかな気分で見終えることができる「沖つ宮」、とても貴重でした。

 それにしても、ギンコが産み直されたら、どこまで遡るんでしょうね。どちらの姿で転生するのやら。その部分も含めて、本人の言っている通り「悪い冗談」かもしれません。
posted by てんちょ at 15:33| 🌁| Comment(2) | TrackBack(6) | 蟲師 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする