2007年07月18日

ツバサTOKYO REVELATIONS

 本当は取り上げるのは不本意なんですが、まあ、一連の騒動の結末として、ご報告だけ。アメリカのBillさんたちが「TUBASAVはないのか」としきりに気にしておられるようですし(^^;

 「ツバサ・クロニクル」の完結篇はありませんが、その代わりに原作の東京篇だけを取り出してアニメ化することになりました。

 真下の手によるテレビアニメ版では割愛された完結篇「東京篇」ですが、原作コミック「ツバサ」(講談社)の最後の3巻、21〜23巻の初回限定版にのみ添付されるオマケDVDとして制作されることが決定しました。なんかマーケットが広いのか狭いのかさっぱり分からない売り方ですが。21巻は11月21日発売予定。
 詳しくはこちらをどうぞ。

http://www.shonenmagazine.com/tsubasa_tokyo/

 制作はプロダクションIG、脚本は大川のオバさん本人。上記の公式サイトのイラストを見ていただいて分かるとおり、テレビ版とはまったく異なるキャラクターデザイン。別物です。真下もビィートレインもまったくタッチしておりません。

 本サイトとしては

見る価値は一切ない

と申し上げておきます。

 プロダクションIGは押井守の一連の作品も制作しているハイレベルな技術者集団…のはずですが。劇場版の「ツバサ・クロニクル」がかなり間の抜けたできばえだったことは記憶に新しいところです。
 石川社長も「これでうちの高いスキルをさらにPRできる」という意味のことしか言っていないし。大川オバさんは「やっと東京篇をアニメ化できる」と行間から真下への怨念がにじみでるようなコメントだし。まったくの同床異夢。大丈夫か、この企画。

 少なくとも、大川オバさん本人が脚本を手がけるということは、よほど真下版が気に入らなかったと見えます。まあ、あれだけ散々にイヤミたっぷりな内容を描かれて、気づかなかったら、その方がどうかしているとはいえますが。「NHKのコードのせいで打ち切られた」と原因を押し付けられたNHKもいい面の皮です。

 まあ、どんな形であれ結末が見たいという方はどうぞ。相当に病んだものだと思いますがね。
posted by てんちょ at 15:26| 🌁| Comment(11) | TrackBack(0) | ツバサ・クロニクル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月05日

ツバサ・クロニクル第52話「明日へのツバサ」

 えっ、社長。これで終わりなんですか?

 なんだかプツンと中断するような、ジャンプ打ち切りマンガのような(読んだことないけど)、なんとも中途半端な最終回。真下信者としては、ちょっと残念な結果になってしまいました。やはり真下ならではの三本同時スタートという一種の「祭り」状態ではありましたが、結果として3本ともどこか不満が残る結果に終わってしまったわけですから。

 「打ち切り」ったって、別に視聴率が悪かったわけではないし、DVDのリリースも好調だったはず。ことこの作品に関しては、やはり真下の興味が途中で途切れた、ってことなんでしょうね。CLAMP版の原作の陰湿な結末を見てうんざりしたってことなんでしょうが。

 しかしまあ、それは最初から予想できたことで。だってあのCLAMPですから。それならそれなりに真下らしい前向きで謎めいた(笑)結論で、原作を解毒してほしかったですよ。これなら、第1シーズンのラスト「空中神殿」のほうが、はるかに「最終回」らしい。真下らしい悪意もたっぷりと詰まっているし。

 なるほど、カオスの正体は確かに結構な驚きでした。なるほど、それならモコナが判断を誤った理由もわかるし、カオスがあれほどサクラに執着した理由も納得。中国古代神話の「盤古」を思わせるエピソードはなかなか壮大でした。今回も極力、カオスにしゃべらせない演出は正解だったと思います。でも、この役回りは、やはり江原正士にやらせるべきだったのでは?カオスを江原が演じたならば、それこそ「マシモ・クロニクル(笑)」としても納得の完結だったような気がするのですが。

 ラストに至ってもほとんどの謎が解かれないまま、というのは実に真下らしくはありますが、今回ばかりはちょっとなあ。だって、それらの謎は真下が仕掛けたオリジナルではなくて、CLAMP原作から引き継いでいるものだから。あんまり読み解く楽しみはない。

 それにしても、なんでこんな結末になってしまったのか。まあ、原作に沿って飛王たちの伏線はそのまま忠実に引き継いできたわけですから。いまさら「なかったこと」にはできないということでしょうか。ただ、あんな陰険な話を描くのだけはごめんだ、ってことですか。

 あいまいながら、第3シーズンの噂もありますし。これだけ手堅く売れているシリーズだから、NHKとしても続けたいでしょう。ただ、原作者は激怒しているし、真下も川崎ヒロユキ氏もいい加減うんざりしているみたいですから、これ以上続ける気はないでしょう。しかし、いまさら劇場版を手がけた「IG」に丸投げして第3シーズンを作るのも無理でしょう。トーンが違いすぎて同じシリーズには到底見えなくなってしまうはず。

 …すると、モリヲカ氏のソロデビュー?うーん、モリヲカ氏もあんまり気は進まないでしょうが、ここはひとつ受けてみるのもアリではないかと。どうせあと1シーズンで終わりですから、「やり逃げ」で好き勝手にやればいいんですよ。

 何にしても、こんなところで投げられたら、視聴者としては泣くに泣けません。

 とりあえず真下社長にお願いです。
 次こそは北山さんと組んで宿願の「MAD&LAX」を。
 今回の3本はいずれもビィートレとしてはもうかったはずなので、そろそろ真下オリジナルで「らしい」前衛作品が見たいです。

 それとあと、「スパイダーライダーズ」の後期は必ずやってください。キッズステーションでもかまいませんから。カナダのケーブル局からの外注ですから、日本での視聴率がいくら低かろうがまったく損害はないでしょうが、やはり中断は悲しいですから。
posted by てんちょ at 16:13| 🌁| Comment(2) | TrackBack(8) | ツバサ・クロニクル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月29日

ツバサ・クロニクル第51話「凍てつくミタマ」

 いやぁー最後の最後。がんばりましたね!モリヲカ氏。前回の社長の投げやりというか珍しく疲弊しきった演出に、さすがの真下応援ブログとしても動揺が否めなかったのですが、弟子が見事に立て直してくれました。半年かけてモリヲカ氏を応援してきた身としても、とてもうれしい「卒業制作」となりました。今後、一本立ちした後もぜひ注目していきたいと思います。がんばってください。なんかいろいろ言われたとは思いますが、第35話の映像シャッフル演出は、今後独自のカラーとして伸ばせる可能性を秘めていると思いますので、懲りずに何度もチャレンジしてみてください。

 今回何がすばらしいって、演出としてきっちり意思が隅々まで通っているということ。やはり作り手の顔が見えないと「監督」を置いている意味がない。アニメーションの現場においては、本当は非常に優秀な作画監督がいれば監督がいなくても作品は完成する、と言っていたのは押井守でしたが、監督を置く以上、監督が空間と時間の構成に自らの意思を徹底させる必要がある。それを徹底できている演出家がはたして何人いることか。

 そんなこんなでこの51話。ここんところ散々に足を引っ張っていたカオスの中の人のセリフをギリギリまで削り、絵としてのカリスマ性を上げることでカバーする、という演出は大正解。そもそもこんな人使わなきゃ、こうまでする必要はなかったわけですが(笑)。避けられぬ災難には、知恵と勇気で当たるほかない、というのは昔からのならわし。

 師匠に比べるとややカット間のつながりが弱いですが、ラストの剣戟シーンは本当に見事だったと思います。ここぞ、というところで惜しみなく枚数を消費しつつ、止め絵もテンポ良く挿入してメリハリをつける、という師匠直伝の演出作法はしっかりとマスターしてますね。

 なお、地味な場面ではありますが、小狼君が特訓で枯れ枝を2回切るシーンは、実に見事な演出でした。確かに2度目のシーンは、腕が上がっているのが納得できるから。さりげない動きの中に情報を盛り込むというのが一番難しいはずなので、これはうなりました。最終的には担当した作画マンさんの腕もありますが、納得できる動きを引き出したのは監督ですからね。

 それにしても、今回は「にせものの記憶」ですか。これは川崎氏か真下のアイデアなのかな?まるでP・K・ディック(米のSF作家)みたい。結構びっくりしました。そう来たか。思えば当然あってしかるべきなのにとうとうCLAMPが盛り込まずじまいで終わってしまった設定を皮肉たっぷりに追加していったこのアニメシリーズですが。最後の最後までやってくれます。本当、どうして原作にはなかったんだろう。ないよね?なかったはずだが(^^;

 そして次回は最終回。うーん。どうやら飛王との直接対決は描かずに終わるのかな。多くの部分を謎のまま投げ出すと。まあ、それも真下らしくていいですが。「カードキャプターさくら」のように完結篇は劇場版にする、という手もありますが、現在に至るまで何の情報もないということはそれもないんでしょう。

 まあ、泣いても笑っても最後。すでにCLAMPとの対決は勝敗が決定しておりますが。最後はまた別。長く真下ファンをやっている身としては、謎を解決しないまま投げ出すのは一向に構いませんが、問題はその投げ出し方です。「MADLAX」のように「さすが真下」とうなってしまうような投げ出し方はなかなかできるもんではないでしょうが、なんせ52話も続けてきたシリーズです。このシリーズのコンセプトであった「悪意」もたっぷりと効かせていかにも真下らしい結末を見せてくださいまし。

 本当に期待してるんですからねっ!(^^;
posted by てんちょ at 15:50| 🌁| Comment(4) | TrackBack(6) | ツバサ・クロニクル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月21日

ツバサ・クロニクル第50話「決意のナカマ」

 いよいよクライマックス…ですが、なんか作画的には荒れてますなあ。真下祭りも大詰め。他の2本も終わったことだし、こちらに人員を集中すれば…と思うのは素人考えなんでしょうね。各チームのメンバーはきっちりと分割されていて、いまさら助っ人を加えても現場が混乱するだけ。まあ、限られた人数で出来ることをするしかない、ってことなんでしょう。

 しかしまあ、それでも。真下祭3本立てのクライマックスがいささか失速気味なのは残念な限りです。普通に考えれば、1本だけでもスケジュールに間に合わなくてヒーヒー言ってるスタジオがほとんどな中にあって、ほとんど狂気の沙汰である三本同時進行を平然とこなしてしまった真下の超人ぶりには敬服するほかありませんが。いつもの完成度からみると若干品質が落ちてしまったのは残念というほかありません。特にこの「ツバサ・クロニクル」がしわ寄せを受けてしまった気がします。

 それでも限られた予算と技術の中でさまざまな工夫をこらしてこれまで楽しませてくれたのは確か。最後の最後で一発逆転を期待したいところです。

 というわけで第50話。

「もし3人の仲間を超える強大な力を持つ者が現れ、サクラの護衛役の交代を迫ったら?」

 というお題だったのですね。カオスというキャラは。なるほど、相変わらず意地悪なこと考えますねえ、真下。こうしてCLAMPの世界観をじわじわと切り崩していく悪意ある演出は健在。次から次へとよく考え付くもんです。

 普通に考えれば「サクラ姫を誘拐する悪い奴」ということになるんだろうけど、小狼君は「サクラの羽根をすべて集める」ことが究極目標と考えています。そのためにより効率のよい安全な方法であれば、自分が身を引く方がましかも、とか考えてしまうのが小狼君の生真面目なところ。ふつうの股旅アクションもの(笑)とは違う歪んだ構図をわざわざあぶり出しにするのが、真下の興味深いところです。こういうメタフィクション的な演出を頻繁に織り込むのが、真下ならではといえます。

 問題は、カオスの中の人がまったくの大根だったということ(^^;

 声優は100%監督の権限で決められるものではないし、なかなか難しいところだとは思いますが、それにしても肝心要の最終盤ですべてを台無しにしかねない大根をつかまされたのには「ご愁傷様」と申し上げるしかありません。あ、そういう意味では物語を「カオス」にする存在なんだね、うーむ、奥が深い(違う)

 それにしてもあと2話…まだ出ないの?飛王。本当に終わるのか心配になってきました。ひょっとして、「カードキャプターさくら」みたいに、完結篇は劇場でやるとか?いや、でも川崎ヒロユキ氏はCLAMPと一線を画した結末を明言しているしなあ。まあ、お手並み拝見、ってところでしょうか。最終回まで、感想はかなり書きにくそう。特に次回とか。
posted by てんちょ at 23:59| 🌁| Comment(0) | TrackBack(2) | ツバサ・クロニクル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月14日

ツバサ・クロニクル第49話「歪んだネガイ」

 モリヲカ氏も気の毒です。

 いよいよ最終盤、モリヲカ氏の担当も今回を含めてあと2回のみ。特に今回は重要な鍵を握るキャラであるカオスが全容を明らかにする、というわけで注目していたわけですが…

 …大根か、カオス(−−;

 前回もビミョーな声だなあと思ってはいたんですが、今回の長セリフですっかりメッキがはげてしまいました。サクラ役の牧野由依の方がはるかにうまく感じるというのはいかにヤバい演技力かわかろうというものでしょう。

 誰だ!カオスのキャスティングに素人ねじこんだやつは!(^^:
うまいとか下手とかいうレベルじゃない。これ、素人だよ完全に。ここで重厚なベテラン声優さんが担当していたらぜんぜん印象は違ったろうになあ。関智一さんとかさ。

 カオスって、すごい重要なキャラですよね。ここ一番という場面で素人の長セリフを担当させられたモリヲカ氏はお気の毒のひとこと。社長、いくらなんでも過酷すぎです。モリヲカ氏の出番はあと一回。がんばれ!

 あ、でもひとつ気が付いたんですが。どこでつながるか分からないと思っていた飛王と星火。星火がカオスの世界に潜入してきました。しかもカオスの周囲を見張るのではなく、ぜんぜん違う場所で何かを探しまわっている。

 ひょっとすると(というかひょっとしないでも)あくまで飛王がラスボスなわけですから、カオスはあくまで当て馬、別にペラペラな存在でもぜんぜんかまわないということでしょうか。真下社長。それにしちゃあ、えらく強大っぷりを見せ付けているカオスですが…あと3回で飛王に何をさせるつもりなんだろうか。

 ところで今回、阿修羅王と星史郎というここんとこ忘れ去られていた二人のキャラが幻影の形で登場。あーそんな人たちもいましたなあ(笑)忘れたままで終わっても誰も困らなかったのに。どうするんですか、あと3回でこの二人のネタも織り込んで収束させることなんてできるんでしょうか。川崎氏、大丈夫ですか(^^;

 と、なんか心配になってきた第49話でありました。

 あ、でもカオスが飛ばした3体の幻影が光の球になって空を飛び、カオスの手の中に戻ってみると3体の紙人形に変わっている、という演出はなかなかかっちょ良かったです。やるな、モリヲカ氏。
posted by てんちょ at 23:59| 🌁| Comment(0) | TrackBack(1) | ツバサ・クロニクル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月07日

ツバサ・クロニクル第48話「羽王カオス」

 とうとう真下祭3本立ても残り1本になってしまいました。昨年春の「ツバサ・クロニクル」で始まった大攻勢は「ツバサ・クロニクル」で終わるんですね。なんか感慨深いです。

 斬新な子供向け「スパイダーライダーズ」、難解なメディアミックスの露払い(笑)「.hack//Roots」、そして超人気マンガの悪意あるアニメ化「ツバサ・クロニクル」。バラエティに富んでいるにもかかわらず、それぞれでしっかり真下らしいカラーを出しているのがこの演出家のすごいところです。何だかんだ言われつつも、「ツパサ・クロニクル」と「.hack//Roots
」はもうかったでしょうねえ。「スパイダーライダーズ」は途中打ち切りになってしまいましたが、カナダのケーブル局の依頼ですから、持ち出しはないはず。この純益でまた超難解な自社企画を立ち上げていただきたいもんです。

 ともかく泣いても笑ってもあと5回。それじゃ、まいりましょうか。

 てなわけで、原作とぜんぜん違う形で終わりそうな「ツバサ・クロニクル」。原作はまだ終わってないんですよね。私は未読。ただ、旅の仲間が一人一人ひどい目にあって倒れていくという結末だそうで、うーんあんまり読む意欲はわかないなあ。どうしてこの人たちはそういう陰湿な結末をいかにもうれしそうに掲げることができるのか。

 ハッピーエンドこそすべて、とかハリウッドみたいな安っぽいことは言いません。そういうことが言いたいんじゃない。最後の最後になって突然おもちゃに飽きた子供のように物語を破壊することは、「予想外の結末」とは無関係だ、ということ。ハッピーエンドにせよデッドエンドにせよ、物語にはふさわしい結末というものがあります。その約束事は守ってほしい。

 おそらく真下のことですから、そのあたりは守ってくれるんじゃないかと思います。そのことが、CLAMPに対する強烈な一撃ともなるしね。今回、以前のオリジナルストーリー「闘技場」のキャラクター2人を別の役割で登場させたのは、象徴的な演出といえましょう。(第1シーズン第16話「強さと優しさ」)

 あのときの彼らは小狼君と、それぞれ切実な動機を持って羽根を奪い合いました。結局、彼らの求めていたものが羽根そのものではなかったので事なきを得たのですが、もし羽根を奪い合うことになったとしても、小狼君は迷うことなどなく闘ったでしょう。相手がどんなに善良で親しい友だったとしても。そういうことを暗示したエピソードでした。

 もしそういうエピソードがあったとしたら、それは悲劇的結末になったとしてもみんな納得できますよね。ところがCLAMPはそのことを思いつきもしなかったらしい。それで最後になって唐突に思いついたようにみんなを奈落に突き落としたって、だからなんだ、という気にしかならないだろうに。真下はかなり早い段階からそういうことを指摘していたわけで。こういう着地点を迎えるのは明白だったかもですね。今回の舞台となる国が名前すら判明しないのは象徴的だなあ。

 羽王カオスってのは、小狼君たちに協力しつつも最終的に利害対立する、という点で「闘技場」で投げかけられた疑問の回答となっていきそうですね。こういうのが「伏線」っていうんだってば。CLAMPはそれがわかんないかな。

 他にもいきなり5枚も羽根が帰ってきたり、いろいろと掟破りなことをやってくれたのには拍手喝采。ま、カオスの中の人の声はビミョーなんですが、次回以降も楽しみになってきました。それにしても、これと飛王たちをどうつなぐんでしょうねえ。
posted by てんちょ at 23:59| 🌁| Comment(2) | TrackBack(10) | ツバサ・クロニクル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月01日

ツバサ・クロニクル第47話「はたらくサクラ」

 こどものころ、NHK教育の定番といえば「はたらくおじさん」…

 って、年齢がバレますな。今の小学生低学年は、どんな番組を見ているんだろう。たぶん、もっとお金がかかってて、小洒落てて、シュールで面白いものなんだろうなあ。

 それはさておき。今回も皮肉たっぷりにオリジナル路線を驀進するアニメ版なのでした。
 CLAMP作品といえば、何の意味も必然性もなく、やたらキャラが着替えまくることで有名ですが。真下自身も前シリーズの第4話で、皮肉たっぷりに「サクラが試着してやめた服の山」を描写していましたっけ。
 今回は、「もし、必然性のある形でサクラの着替えを取り入れた作品を作るとしたら」というお題。今週の担当はモリヲカ氏。最近災難続きのモリヲカ氏ですが…ガンバレ!(^^;しかしこれは災難だなあ。

 たぶん、真下社長の出題なのでしょうが、なんとも意地悪なことで(^^;CLAMPに対する強烈なイヤミとなるのはもちろんのこと、アニメとしてもハードルの高い作品となるのは確か。だって、キャラクターが服を着替えたら、そのたびに設定表を描き起こさないといけない。演出家としてはかなり余計な手間がかかるのは確かです。そういう意味では、「ぱにぼにだっしゅ」や「涼宮ハルヒの憂鬱」はすごかった。

 しかしまあ、だからこそ、そういうところでひと手間かけると視聴者の目に止まるわけで。そこは惜しんではいかんということなのでしょうな。ただし、無意味に着替えるのではただの着せ替え遊びになってしまいます。そこをどうクリアしていくのかが、課題なんでしょう。

 そういう意味では、「職探し」という今回のストーリー。シンプルにしてなかなかうまかった。「経済状態が悪く人余り状態」という辛口の設定も、世界観を補強しているし、なかなかよかったと思います。このエピソード中、サクラに戻る2枚の羽から得られる記憶が伏線になっているというのも巧妙です。他愛もないといえば他愛もないものではありますが。もうちょいひねっても良かったかな。そのへんは惜しかった。Bパートで一気に各キャラクターの顔がバラバラになってしまってたのも、モリヲカ氏の手に余ったということなのでしょうか。惜しいなあ。

 それとあと。最後の酒場のシーンで、サクラが誤って開けそうになるひとつめの扉が伏線になっているわけですが。これが少々わかりにくい。扉をもう少し印象的なデザインにして、はっきり2回登場させないと、うまく伝わりません。そのあたりは、師匠から反省会できつく注意があったとは思うので、ここで繰り返すのも酷なんだけど。

 全体としては、CLAMPの病的で電波かがったネガティヴな世界観に強烈なアンチテーゼとなる「肯定的世界観」を強く打ち出し得ていたので、そこは合格点あげられると思います。今回のエピソードの舞台となる世界は、豊かさをうまく再分配できていない問題の多い社会ですが。それでも世界や人生を呪うのは本末転倒。世界は生きていく価値がある。「労働の楽しさ」なんて、今どきちょっと鼻白むぐらいの純朴な話だけど。CLAMPの呪詛に満ちた世界観に対抗するにあたってはこれぐらい純朴な方が、逆の意味でかえって強烈な「毒」として相手を打ち倒す力を持ち得るってことなんですね。そこは総監督としての真下の作戦勝ちなんだけど、見事に期待に応えたモリヲカ氏も十分に評価してあげたい。細々とした演出面のアラなんて、この先いくらでも熟達できますからね。

 さて、次回、飛王再登場。いよいよアニメ版エピソードも最終盤に向かいます。原作とはまったく違う形・違う世界で。いいですねーどうやって決着をつけるのか。今までの展開からみて、原作を徹底的に粉砕してくれるんだろうと思いますが、予想以上に違うスタイルが取られるのかな。さぞ原作ファンが激怒することでしょう。いいのかー私はうれしいが(笑)

 それにしても今回のエピソード。貨幣単位が「ユール」って、ここは「MADLAX」のナフレスですかいな(^^;
posted by てんちょ at 20:43| 🌁| Comment(2) | TrackBack(5) | ツバサ・クロニクル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月23日

ツバサ・クロニクル第46話「秘術のゴクイ」

 そうか!「真の黒幕」ってきっと飛王のことだね!飛王の介入は、ジェイド国でも一回あったし。なるほど、やるなーと思ったら、そんなシーン出ませんでした(^^;しゃ、社長〜

 確かに前回の予告編で「黒幕」をバラしちゃってるのはかなり真下らしからぬ投げやりな演出で、私も首をかしげたんですけど、まあ確かに考えてみたら、「息子が黒幕でした」というのはぜんぜん驚くべき真実ではないので、逆に伏せてたら「なんつー陳腐」とブーイング食らったかもしれません。んじゃ、もう早々にバラしちゃえ、ということだったんでしょう。事実、今回のエピソードが始まって早々に「原因は領主の息子」とバラしてしまってるので、まあ「そこ、重要じゃないから」ってことでしょう。

 そんなところで詰まるんだったら、黒幕をもっと別のびっくりするようなキャラに変えてしまえばよかったのに、という声が当然出るとは思いますが、つまり真下としては別の演出意図の点から、どうしてもブルガルを黒幕にせざるを得なかったと。何がって、あの青臭いほどに直球の「国際理解」啓発描写ですよ。そのあたり、少々鼻白んだり引いたりした方もそれなりにいらっしゃるとは思いますが。自国の裏切り者であるブルガルが黒幕でないと、そういう方向に話を持っていきにくい。

 あれって、何のことはない、CLAMP原作に対する強烈なイヤミなんですよね。私も見ていて最後になってようやく気付いて驚いた。うわーなんて回りくどい毒舌。ステキ〜(オイ)

 前回も申し上げましたが、CLAMP原作は極めて無責任かついい加減に与えられた「高麗国」という名。われらが隣人に対してそういう無礼な態度はいかがなものか、とまず原作の国名を否定しておいて。その上でチュニャンの国とキイシムの国を日本と韓国のメタファーとして描いている。お分かりとは思いますが、どっちがどっち、というわけでもないですよ。「関係性」において日本と韓国の関係は、チュニャンの国とキイシムの国の関係性とほぼ同じってこと。

 古くから文化的に交流もあり、似ているところも多いけれど、違うところもあちこちにあり、だからこそいつもどこかすれ違って諍いを生んでしまう。でもその憎悪は結局、似ているからこそ「相手も自分と同じはず」と相手に甘えてしまうところから生まれるのであって、自分と違う他者の存在を認めないことには決して前へは進めない。

 隣人への憎悪は、結局のところ近親憎悪であり、隣人の醜さをあげつらっているはずが、自分自身の醜悪さをさらけだす結果になる。なぜって、根本のところで両者は「似たもの同士」なのだから。似たものだけと同じではない、ここが理解しにくく争いを生む火種になりやすいのだけど、まずそれを理解しないことには始まりません。

 だから、チュニャンの選択は、「青臭く甘っちょろい」と鼻先で笑った方も多いとは思いますが。必ずしも成功するとは限らず失敗するリスクも高いのだけれど。それだけにそこに賭けたチュニャンの度胸は天晴れと言わなくてはならない。まず武器を置き、相手を信じること。そこからようやく一歩目を踏み出すことができるのですから。隣国との外交は忍耐と寛容こそが宝です。

 以上、こうして分析して言葉にしてしまうとえらく説教くさい(というか本編も十分説教臭い)のですが。この二国の関係を日本と韓国と読み替えると、とたんに全部が腑に落ちる。

 CLAMPが原作でやったような「チマチョゴリファッションショーがやりたいからこの国の名は高麗国」というような無責任な設定は、ただの植民地的収奪行為。無責任のそしりを免れることはできないでしょう。

 「なるほど、国名を勝手に変えたのがご不満ですか。では、この国を、韓国と日本のメタファーとして描きましょう。そうすれば、十分に咀嚼された文化的に深みのある表現となりますし、高麗国と名づけたCLAMPのみなさんのご意思も報われるというものでしょう」

 と、真下が発言したかどうかは知りませんが、まあ、そう言ってるも同然。というか、原作者を持ち上げるフリをして奈落に落とす、今シリーズで顕著な真下一流の悪意ある演出がさえわたったエピソードでした。慇懃無礼にイヤミです。うーわー最後まできてここまでやるか。まだ6話もあるし。この先はすべてオリジナルになるのでしょうし。ここに来て断然ノッてきました。うーん、先が楽しみっ!
posted by てんちょ at 23:44| 🌁| Comment(6) | TrackBack(5) | ツバサ・クロニクル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月16日

ツバサ・クロニクル第45話「二度目のクナン」

 えーというわけで二度目の中華街篇。何、違う?いや、まあ、原作では「高麗国」という極めて不適当な名前がついていたわけですが。いや、タブーとかヤバいとかそういうことではなくて。こういうネタを半可通のままやるのは不誠実かと思います。アメリカ人がいい加減に日本人ネタのアニメを作るのとはワケが違います。何しろわれわれのもっとも近い隣人なのですから。もうちょっと勉強してほしいと思う。

 というわけでアニメ版ではナユタヤ国という曖昧な名前に変えられていました。これを批判する原作ファンの人も多いのですが、そこまでして守るべき名前でもないでしょう。というか、コリアびいきの私としては結構ムッとしたかも。

 そもそも「ナユタヤ国」という名前自体、HP解説限定で、作品中では一度も登場しなかったのですが。今回初めて、一度だけ本編中で触れられまして、結構驚きでした。まあ、結構自然な形で出てきていたのはよかったと思いますが。

 まあ、いつまでもそんなこと言ってても仕方ないので本編に話を進めましょうか。平和になったはずの国の二度目の苦難、というのは、続編としては一番ありがちなもので、わざわざやるべきほどのものだったのかな、とちょっと疑問。もうボチボチ完結が見えてくる段階なのですから。これまでオリジナルエピソードは原作に対する批評的な意味を持ち、かなりシニカルな悪意が込められた、結構びっくりするような仕掛けがあったものです。それだけにちょっともの足りなく思えてしまうんですが、どうやら今回は1話完結ではなく、次回で完結するらしい。

 そういう意味ではお手並み拝見、というところですか。それでも今回、またまたモリヲカ氏は後編に向けて材料を配置するだけで終わってしまった感じで、貧乏くじ引いてます。これじゃあ、評価のしようがない。せっかく作画的には安定してきたというのに、もったいない。真下社長、容赦ないなあ。やはり結末が近づいてくると、弟子に花を持たせている余裕もないってことでしょうか。

 とはいえ以前は領主に一致団結して当たっていた村人たちが別の災いを前に二派に割れてしまうというのは、実際にありそうな話で、なかなか興味深かったです。以前は味方であったはずのキイシムが、領主がいなくなったとたんに今度は村人を襲ってくる。それでそれを「裏切り」とみるか「何か訳があるのだ」とみるかで村が分断というのも内乱の典型的なケース。

 とりあえず配置された構図としては、なかなか興味深いかも。ただ、まあ、次回予告を見ると、「黒幕」には「あの男」がもう名指しされているし、あんまり驚くような展開は期待できないか。いや、でも「スパイダーライダーズ」では結構裏切られてびっくりするような展開があったからなあ…ひとまずは真下の作戦を信じて次回を待つとしましょうか。
posted by てんちょ at 23:01| 🌁| Comment(2) | TrackBack(5) | ツバサ・クロニクル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月09日

ツバサ・クロニクル第44話「ケロちゃんとモコナ」

 まいどおなじみ、梶浦由記の朗々たる歌に乗って、決意を胸に一本道を歩いてくる二人。そう、やろうと決めたのだから。腰はまっすぐ、目は遠くを見据えて。それが私たちのスタイル。その二人とは…

 ケロちゃんとモコナ(^^;

 わはは。やってくれますなあ、真下!NOIRじゃないんだからさ。すごい自己パロディ。「寝るな、寝たらあかん、寝たら死ぬぞっ」て、雪山コントまでやってくれるし。さすが久川綾。真下の要求をよく理解してますよ。硬軟とりまぜて自在にやってくれる。

 それにしてもなぜ久川綾だったのか。他のキャスティングは全部変えたのに何でケロちゃんだけ。たぶんそれは、久川綾だったからなのでしょうねえ。(切り詰め改変したとはいえ)CLAMP原作のダラダラしたエピソードの後だけに、ビシッと単発で決めたかったものと思われます。しかもそこには真下版アニメのシリアス思想をしっかり詰め込んで、なおかつ肩肘張りすぎないしなやかさが必要。

 てなると、もう久川綾がやるしかないですよねえ。出発点で掲げた「過去のCLAMPアニメのカラーはすべて粉砕する」というカッコ良すぎる大原則を踏みにじる結果になったとしても。カッコ悪いけど。それはそれで許す。だって、久川綾が出たんだから。こうなったら江原正士も出ていただくしかない!頼みますよ、社長!

 さすがに久川綾、長くケロちゃんやってただけあって、手馴れたもんです。しかし、この世界のケロちゃんは自分で「ケロちゃんと呼んでや」と言うのか(^^;細かいところで「さくら」ファンを怒らせる設定を入れずにいられないって、やっぱり筋金入りですね。私は喜ぶけど。

 おちゃらけるばかりじゃなくて、「お前さんがたとは(別の世界の)過去か未来で必ず会っているはず」とパラレルワールド的な設定を盛り込み、なおかつCLAMPのように電波説教とならず「人生は生きる価値がある」とする真下的な見解に沿ってストーリーが組み立てられる。モコナがずっとブルーなのは、常に自分がマスコットでしかなく、積極的に自分が主体となって羽根の探索をすることができないから。で、今回はモコナの大活躍となり、小狼君たちはただ待っていることしかできない。「モコナも」活躍するんではなく「モコナだけ」が活躍する回。比較的何の疑問もなく各キャラクターに書き割り的役割を割り振って良しとしているCLAMP原作に対する強烈な皮肉ですね、これは。

 それが可能となるのも、真下ワールドの理解者・久川綾なればこそ。普通のアニメの演出からすれば、最後にモコナが出会う蝶が何なのか引っかかってしまうところなんですけど、それをあえて語らずに余白のまま置くのも真下流。モコナが何を考えたのか、何が起きたのかは、視聴者がそれぞれに推測するのも楽しみのひとつ。賛否あるでしょうが、これが物語の奥行きをふくらませる効果をもたらすはずです。

 ところで、今回の隠れテーマは、「キャラクターの大きさと見え方」についての問題。そういう意味では「おえかきモコナ」の回の続きでもあります。アニメの設定表なんかでキャラクターがずらっと一列に並んで背の高さが分かるイラストがありますよね。各原画マンさんはあれを参考に身長差のスケールを割り出して絵を描く。

 つまり、「背の高さ」というのは、視聴者にキャラクターを区別させるための重要な要素のひとつであるわけです。では、それが狂ってしまったらどうなるか…おそらくは予想以上に混乱してシュールな光景が見えるはず。巨大化したモコナはちょっとびっくりさせられるけど、途中からは別カットになるので、そんなに気にならなくなる。

 しかし最後に羽根を取り戻して帰ってきたモコナがちょっとだけ微妙に大きかったシーンは、多くの人がかなりドキッとしたはず。予想以上にすごくヘンに見えたはずです。これがキャラスケール変更のマジック。視聴者が無意識に大きさで各キャラを区別しているものが、一瞬突き崩されるわけですから。だからこそ、オチとして生きてくるわけなんですけどね。

 さてさて、次回は、また中華街…(えー)でも、「同じところを2回訪れない」という大原則を既に崩している真下、たぶん次回も何か狙ってくるはず。というわけでまたまた期待して待ちましょうか。
posted by てんちょ at 23:44| 🌁| Comment(2) | TrackBack(7) | ツバサ・クロニクル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月04日

ツパサ・クロニクル第43話「5つ目のチカイ」

 前回の書き込みについて「あれは原作付きだ」と抗議の書き込みをいただきました。やはり原作派の人のブログ書き込みを頼りに原作かオリジナルかを判断するのは無理があったか…

 と思って、久々に14巻を本屋で購入してきました。第1シーズンについては、原作とアニメ版を詳細にコマ単位でチェックして分析したのですが、真下のアニメ版と比較すると、原作の出来の悪さには、ほとほとイヤになるんですよ。そのくせ妙に電波がかってて説教臭いし。そもそもコマがえらくゴチャゴチャしていてストーリーが非常に理解しづらい。それは技巧というよりは、ただ単に着せ替えごっこを誇示したいだけのような気がする。われわれ真下信者からすると、CLAMPの方法論というのは、非常に反感を感じます。客観的な立場からすればどちらが優れてるというものでもないのでしょうが、私、その敵対し合う一方の陣営に所属する一人ですから。当然、CLAMPの方法論には強く反発します。

 原作を読めば読むほど、なんで真下ほどの人がこんな作品のアニメを引き受けたんだろうと不思議な気分になりますが、なにを引き受けても真下流に組み立てなおしてしまうのが、われらが真下耕一監督であります。「カードキャプターさくら」が原作ファンもアニメファンもみんな幸せなめでたい作品であったのは対照的で、これって、とことん原作にケンカを売ってますよね。そこもまあ、真下の真下たるゆえんで。そもそも真下に依頼した時点でこうなることは理解してしかるべき。

 今回購入した第14巻の話に戻ります。

 ブロガーさんによって、ここ数回のエピソードがオリジナルかそうでないか意見が分かれたわけですが。読んでみて納得しました。CLAMPの単行本は400字詰め原稿用紙1枚分ぐらいのごく短いエピソードをずるずると引き延ばして単行本1巻分に仕立てあげている。正直に意見を言わせていただくなら、これではほとんど作品とはいいがたい。ほとんどメモ書きレベルです。これに演出作業を加えてどう膨らませるかによって、ストーリーはまったく違うものになる。なるほど、そういう意味では、演出家として料理のし甲斐はあるかな。私が詳細にチェックした前半から比べると、ストーリーのスカスカぶりはよりひどくなっていますが。ひどいね、これで金取るのか。

 見る人によってオリジナルかどうか意見が分かれるのも道理。だって、原作にストーリーといえるようなものは既にほとんどないんだから。

 なるほど、原作でも確かに「クロウ国」の描写自体は登場します。ただし、それは本がサクラの羽でできているから、クロウ国の姿が見える、とただそれだけ。本当にそれだけ!そもそもクロウ国の具体的な描写はゼロです。これって、別に回想シーンでもよかったような話ですよね。原作のレベルだと。アニメ版で「サクラちゃんの記憶が不完全だからここには誰もいない」などと言っていたのはほとんど別の思想に基づいています。個人の内面の具現化した場所、というより哲学的なアイデアがアニメ版でははっきりと示されています。

 表層的ないくつかのセリフが一致したとしても、実態はまったく別のエピソードとなります。物見遊山と擬似恋愛ゲームではない、内面をたどる旅。悪いけど、それは原作にはまったく登場しないもの。表層的ないくつかのセリフは採用しつつも、ほぼまったく異なる思想に基づくエピソード。初期の「水中都市」(アニメ版第12話)がオリジナル、という意味においては今回もオリジナルであろうし、前回の論旨を撤回する必要はほぼなさそうです。原作を精読して、ことと次第によっては、前回の主張を取り消そうかと思っていたのですが、どうやら、そうする必要はまったくなさそうですね。

 しかもエピソード的には、ほぼ転換点というべきものであり、決定的に原作と決別する転換点。それははっきりしていました。何人かのブロガーの方があきらめたように「ここから先はアニメの理屈で展開されるのでしょう」と言っておられました。それはまことにもってそのとおり。ただ、それはNHKのコードに基づく妥協の産物ではなく、真下の演出家としての思想の結果。それは理解していただきたいと思います。みなさんの大切な「ツバサ」は細部まで完璧に破壊されてしまうことでしょうが、それは真下耕一という前衛派職人の演出家が担当した段階で覚悟しておくべきことでした。

 そういう意味でいうと、ほとんど原作と交差するエピソードのない今回の方が、オリジナル性は薄い。愛弟子のモリヲカ氏、今回はワリを喰ってしまいましたねーストーリー間のつなぎのエピソード、という印象が強く、思想はかなり薄い。前回、真下がおいしいところをあらかたさらってしまったから…

 本ブログはかなり明確に「モリヲカ氏応援」を打ち出しているのですが、今回はちょっと、ね。後始末ばかりさせられてしまいましたね、モリヲカ氏。お気の毒でした。

 しかも次回は、ケロちゃん登場!しかも久川綾!当然ながら巷では異例の「そのままキャスティング」が話題になっておりますが、我々真下ファンにとってもこのキャスティングは衝撃。だって、久川綾といえば、クロエの久川綾!リメルダの久川綾!男優なら江原正士、女優なら久川綾、というぐらいに真下組ではトップクラスのキャストなんですから。これで何かやってこないはずがない。次回は真下の番。真下、本当、容赦ないな。少しはモリヲカ氏に花を持たせてやってくださいよ(^^;
posted by てんちょ at 23:05| 🌁| Comment(2) | TrackBack(8) | ツバサ・クロニクル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月29日

ツバサ・クロニクル第42話「望郷のカナタ」

 3週間ぶりの「ツバサ・クロニクル」。こちらもボチボチ最終回がはっきりと見えてきました。とはいえまだ10話もあるわけですが。ともかくも、CLAMPが原作で出した小道具はすべて登場させる、その上でCLAMPならではの陰湿な展開を否定し、ストーリーを真下流に完全に改変すること、そのことをはっきりと宣言した、宣戦布告のエピソードだったと思います。

 何しろ今回は、原作付きエピソードを途中から作り替えてオリジナルエピソードにする、という初めての試み。途中にオリジナルエピソードを挿入するんじゃありませんよ。結末がまったく変わるわけだから。しかも、そこで小狼君たちがたどり着くのは、現実とは別の、無人のクロウ国。決定的に本質に触れるエピソードであり、原作とは水と油ぐらいに違う思想が語られるれ。これまでの真下の演出は、相当に辛辣でありましたが、批評・挑発レベルにとどまっていたと思います。

 でもこれは違う。明らかに「おまえらとは違う道を行く」という決別宣言に等しいものでしょう。そのくせいま原作でネチネチやってるあたりの小道具はきっちり見せて、結末で同じ場面にたどり着くこと、でもそこで語られることはまったく別のことであることを明示する。何という信念、何という悪意!さすが真下、と拍手喝采するほかありません。

 基本的にCLAMPの描いてきた「旅」は、暢気な物見遊山の旅。これに対し真下のアニメ版は小狼君の内面をたどる旅。結末に絶望しか待っていないのに、それでも進み続ける。なぜなら「そうしようと決めたから」。

 たぶん、CLAMPは最終的に人間を信じていないんだろうけど、真下は人間を信じたいと思っているんだと思います。それをおめでたい、なんて冷笑する資格は誰にもないはず。もちろんCLAMPにも。だって結末にはどんな希望も残されていないのに、それでも進む。それもまた人間のひとつのある姿、ということ。

 今回の「無人のクロウ国」が、羽の力でサクラの記憶をもとに作り出された世界である、というのは実に象徴的なアイデア。世界を巡ることが、その人の主観的内面を巡ることになる。そしてそれは同時に、サクラと共にあり続けた小狼の内面をたどる旅にもなります。記憶が戻ったとしても、自分とサクラの関係性だけは絶対に戻らない。そこにはどんなご都合主義的抜け道もなく、自分に関する記憶だけは決して戻らない。そこから何を読み取るか。人間の愚かさの象徴とみるのか、それとも複雑な多様性の象徴とみるのか。そこで道は大きく分かれます。

 もはや、こうなったらNHKのコードとか関係ない。これはクリエイターとしての、物語に対する思想の問題でしょう。真下は、モラルとか品の良さとか、そういう低レベルな次元でCLAMPの思想に反対しているわけじゃない。ともかく、人間のネガティヴな側面をネチネチとほじり出して、まったく唐突に結末部でそれをぶつける。まるでそれがすばらしい思いつきである、とでも言わんばかりに。そういうCLAMPの制作態度というのは、はっきり言って病んでいると思います。そのくせやたらに説教臭く、妙な高みから押しつけてくる。そんなものをエンターテインメントとは言いたくない。

 ここから先は未知の世界。原作をとるかアニメをとるか。もちろん、私は真下について行きます。みなさんはどうされますか?
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2006年08月06日

ツバサ・クロニクル第41話「図書館のヒミツ」

 今回はモリヲカ氏。何か前回の真下監督担当回より普通に楽しんで見ることができました(^^;CLAMP特有の説教臭さや電波っぽい展開をわざと意地悪にえぐり出すことなく、そつなく見せるのは、まあ、マトモな対応かもしれませんが。真下番の悪意たっぷりな展開はそれはそれでおもしろいんですよね。真下信者にとっては。まあ、最近は情熱が第1シーズンより薄れたみたいでアレだけど。

 なんかみなさん、このアニメの改変はNHKの横やりだと思っておられる方が多いようですが、まあ、それはないわけではないんだろうけど。それをわざわざ原作ファンの神経を逆なでするような展開にするのは真下の悪意です。桜都国篇の小狼君の義眼のエピソードなんて、その最高にイヤミな演出に熱狂したもんでしたよ。

 まあ、モリヲカ氏はさすがにそこまではしないか。それはそれで平穏に見られるので、まあかまいませんけどね。

 図書館のセキュリティをくぐる場面で、靴がカツッと床を踏みしめる構図をアップで見せるだけで、サスペンスを盛り上げる腕前は、なかなかうならされました。これ、枚数食わないしね。いいですよ。ただ、バックに流れている梶浦嬢の音楽が妙に暢気なものだったのはいかがなものかと。やはりここはもっとサスペンス性の高い音楽か(普通の演出)、まったく関係ないけど感情を盛り上げる歌(真下的演出)かという選択を取るべきだったのでは。

 全体として作画も安定していたし、ストーリーがつまらないのは仕方ないにしても、それをなるべく気付かせないように演出するのは、誠実な演出態度と言えるのかもしれない。真下がやってるような常軌を逸した演出スタイルは、早々マネできるもんでもないですね。

 よく考えたら、本の中身だけ映像化した、という前回の真下の演出スタイルは、実に人を食ったものですよね。とても他人にはマネできん。しかも、第1シーズンの「原作に付け足す」演出に対して、第2シーズンは「原作をそぎ落とす」演出で一貫しているわけだから。常に筋は通している
わけですね。やるなあ。

 今回のラストシーン、本の原本を探し求めて図書館の奥に入っていってみたら、そこにはクロウ国があった…という構図は、真下が演出したら、さぞやもっとマジカルなテイストになったんだろうなあ、モリヲカ氏の演出でも結構驚く展開だったんだから。ちょっともったいなかったです。
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2006年07月29日

ツバサ・クロニクル第40話「黒き鋼」

 ひさびさに原作付きバージョン。…しかし、原作付きとなると、とたんにガクンと質が落ちるというか、面白さが半分ぐらいになってしまうんですね。

 何か説教臭いし、どこか電波漂ってるし。

 なんかCLAMPて、読んでてすごい後味悪いというか、イヤな気分になってしまうわけで。そのイヤさ加減はやはりアニメにもにじみ出てきます。第1シーズンだと、まだそこをねちっこく攻め立てて、欠点をあぶり出し、皮肉っぽく添削する毒を楽しむ余地があったわけですが。今期は、真下もマジで、もうCLAMP原作に興味ないって感じですね。ならそもそもCLAMP原作エピソードを全廃してしまえばいいのに。そうもいかないのかな。というか、一回「意地でも原作通りにやる」と決めた以上はちゃんと最後までやる、という、職人としての意地でしょうか。真下は職人は職人でも前衛職人ですけどね(^^;

 それでもビィートレ名物透過光を駆使して、美しく風格のある画面にしてしまうのは真下監督のさすがの職人技というところでしょうか。いや、これはまさしく、「あったかもしれない70年代大映時代劇」。実際の大映時代劇はカラー技術が稚拙で、ベタベタした原色的な色彩。こんな美しい画面は一度も実現できたことがないんですけどね。さすが映画ファンの真下、というところでしょうか。

 それに梶浦嬢の音楽。「七人の侍」のメインテーマを彷彿とさせる、トランペット演奏がすばらしい。アリプロの「.hack//Roots」の大評判に喰われて、第2シーズンでは影が薄かった梶浦嬢でした。私も第3弾サントラは買いませんでしたよ。でも今回はまったくやってくれました。お見事!というほかありません。

 そして、今回は、実は図書館の国で小狼君が読んだ本の中の話…とラストシーンにそこまでのすべてを押し込めてしまうマジカルな構成も真下的。なんかボルヘスっぽくて、いかにも「図書館」してて良し。

 …って、本日はあんまり語る気はなかったんですけど、結構語ってるなあ(^^;
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2006年07月23日

ツバサ・クロニクル第39話「始まりのワカレ」

 前回は得意の省エネ作画でキビキビとした演出を見せてくれた真下社長。それに対して受ける愛弟子のモリヲカ氏はどうするか…オリジナルストーリー初の2話編成。これからいざ決戦、というところでストンと切ってしまった真下師匠。このキツさは尋常ではありませんが、これも親心というやつでしょうか。いやがうえにも期待が高まります。

 で、結構マジに「マッドマックス」ばりのアクションシーンで始まった今回。小狼君のバイク八艘飛びとか、結構師匠譲りの奇想天外なアクションシーンには驚きました。しかも、あまり作画を浪費せずに大健闘!作画バリバリが見たい人には不満タラタラかもしれませんが、私はそういうの、あんまり興味ないもんで。そりゃ、出来たものを見れば「ほほう」とため息のひとつも出ますけど、アニメは技術オリンピックじゃないんですから、枚数いっぱい使うアニメが良いアニメという価値判断はいかがなものか。「蟲師」があれほどの感動と絶賛を呼んだのは、あくまで制作陣の原作への深い愛情と理解のせいであって、その結果必然として一部に1コマ撮影も取り入れられたというだけのことですからね。

 まあ、確かに真下の「MADLAX」なんかは、リアリズム至上主義を光年のかなたに吹っ飛ばす、もっと衝撃的なインパクトを備えていて、あの人のすごいところは、それを天然でやってしまうというところなんですが、そのあたりはぜひモリヲカ氏にも盗んで自分のものとしていただきたいとおもいます。

 ただ…今回の冒頭の戦闘、

1分かよ!

 ちょっと短すぎ。まあ、そういう「肩透かし」も演出の重要なワザであるのは認めますけどね。確かに冒頭で重たい戦闘を持ってくると後半がもたないというのも確か。真下師匠も厄介な課題を出したもんだ。
 そういう意味では、この逃げ方が正解なのかもしれない。

 後半、バスとトラックのカーチェイスに鉄道がからんで最後は肉弾戦とバイクの襲撃…となかなか盛りだくさん。結構欲張ったのに、モリヲカ氏、うまくまとめてくれたと思います。

 特に、バスからレーザーを取り外して、ナビ付きで射撃させるというのは絶妙のアイデア。なるほど、あれならサクラでも撃てるかもね。たぶん、ゴーグルで標的の座標をきっちり割り出すことが可能なんでしょう。

 バスが自動運転なので、トラックのパンク修理が終わるまでにたどりつけるか…というやきもきするようなサスペンスの盛り上げもうまかったし、間に合いそうもない、というところで技術者お姉さんが名乗り出て手動に切り替え、それでも間に合わず、黒鋼のアシストで小狼がジャンプし、列車を乗り越えてトラックに飛びつく、と、そこにバイク強盗団が襲撃してきて…というつながりも実にテンポ良くまとめられていました。

 欲を言えば、モリヲカ氏独自のシャッフル編集でこれを見せてほしかったんだけど、さすがにそれはダメか。うーん、こないだのヤツは怒られちゃったんですかね。また再チャレンジしていただきたいものです。
posted by てんちょ at 14:15| 🌁| Comment(2) | TrackBack(3) | ツバサ・クロニクル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月17日

ツバサ・クロニクル第38話「危険なロード」

 どうも2日も休んでしまいすいません。大阪でマシュー・バーニイの「拘束のドローイング」見てきました。ツッコミ所満載のなかなか楽しい作品(オイ)だったのですが、名古屋で来月やるのか!あぅー

 それはさておき…

 前回といい今回といい、オリジナルなのかどうか…原作読みの方のブログを見てもはっきりしないのですが、ということはたぶんオリジナルなんだろうなあ。そもそも今回のエピソードなんて、マンガ媒体でやったら辛くて見てられないだろうし。だって延々バスの中の話だよ。

 それにしても今回は作画枚数が何枚だったのか知りたいところ。キャラのバストショットの連続で背景は単調な横移動。口パクがほとんどで、得意の大パン作画でなめらかに画面をつないでいく「真下節」(笑)「アヴェンジャー」を思わせる演出方法ですね。

 思うに、週3本の「真下祭り」の緊急事態を乗り切るために、ギリギリでひねり出した究極の「省エネ作画ストーリー」だったんではないかと。つまり、作画の要請が先にあって、そこから逆算する形で作り上げたエピソードだと思う。そういう意味では、たぶん、限りなくオリジナル。ヒントになったエピソードぐらいはあったかもしれませんが。

 それでも何とかしてしまうのは真下の真下たるゆえん。「アヴェンジャー」で究極の「省エネ作画」を手がけた意味はあったということでしょうね。技術の積み重ねはダテじゃない。

 それにしても、今回はいろいろと映画を思い起こさせるエピソードでしたね。さすが映研出身者。予告編を見た時は「マッドマックス」になるのかと思いきや、実際に始まってみたら「都会のアリス」と「ことの次第」をミックスしたようなテイスト。淡々としたロードムービー的な展開が実にうまく再現されてました。ヴィム・ヴェンダース風のゆるーい展開。ヴェンダースも最近は死ぬほどマズい映画ばかり撮ってますが、あのころは面白かった。

 「激突!」を思わせるという指摘も他ブログでお見受けしました。なるほど。トラックに追いかけられるのではなくトラックを追いかける逆パターンってことね。鋭いなあ。でも私はスピルバークが大嫌いなのであえて気付かなかったことにして(オイ)

 一番最後のバイクギャング団の襲撃シーンは、「イージーライダー」とか「ゾンビ」を思い出した。うーん、個人的には「マッドマックス」的展開が見たかったんですが、それだと作画枚数喰うもんねえ。「マッドマックス」は映画史に残る超低予算で大変な収益を挙げた映画でしたけど、アニメではそうはいきませんよね。

 しかしえらいところで放り投げられて以下次回。バトンを渡されたモリヲカ氏も大変だ。真下社長、これじゃあ、モリヲカ氏がかわいそうですよ(^^;まあ、でも逆境をバネにがんばれ!モリヲカ氏!
posted by てんちょ at 12:27| 🌁| Comment(2) | TrackBack(7) | ツバサ・クロニクル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月09日

ツバサ・クロニクル第37話「おえかきモコナ」

 一応、前回、申し上げました。

「今回は真下版『トーキングヘッド』になるかもしれない」

と。冗談のつもりだったんだけどな。本当になってしまいました。監督はモリヲカ氏なんですけど、どうみてもこんなネタを出すのは真下です。後始末を任されたモリヲカ氏、ご愁傷さま。ムチャクチャなネタをよく健闘して独自性も発揮していたと思います。

 「トーキングヘッド」というのは、真下のかつての同僚・押井守の実写作品のひとつで、実写映画を通して独自のアニメ論を展開した異色のメタアニメ論映画。

 で、今回は「トーキングヘッド」にも出てくる「キャラクター論」を中心に展開されます。「トーキングヘッド」では、

「似ても似つかぬキャラが約束事によって同一視される」

という意味のことが言われるわけですが。今回は、ふだんと違うSDキャラの世界に放りこまれた小狼君たちがさまざまな舞台で即興芝居をするハメになるという実験的なエピソード。こんな作品、原作にあったんでしょうか。まあ、モコナの寿司食い逃げエピソード(8巻)のような番外編としてならあり得なくはないでしょうが、これはもう完全に真下のものです。なぜって、表層的には絵本の世界のように装っていますが、これはもう完全にアニメーターの世界の話として描かれているからです。

 コミカルなSDキャラの等身でいつものシリアス芝居をしようとする小狼とサクラ。このあたりはモリヲカ氏のこだわりかもしれませんね。こういうところに演出家としての力量が問われますから。結果としては、口端に笑みを浮かべつつも完全なギャグとはならず、なんとも不思議な雰囲気を作り出すことに成功してしまいました。誠にもって天晴れというほかありません。ふたりの長く伸びた影がいつもの等身になっている、という凝った演出にはうならされました。本当に、「キャラクターとは何だろう」と考えずにはいられません。

 後半はモコナの作り出した世界でのドタバタなのですが、これがアニメのルーチンワークに対する痛烈な皮肉となっているのが面白い。ある日転校してきた少年はヒロインの隣の席に座って恋をしなくてはならない、ってそんなこと誰が決めた(^^;でもそうなっているのが現状であるわけで。そして少年と少女の愛は世界を救う…はずがそうはならず別の人の愛で勝手に世界が救われてしまう。

 これはまさしくCLAMP原作に対する真下の立ち位置でもあるなあ…さすが有能な側近でもあったモリヲカ氏、そのへんはよく心得てる。やっぱり、これ、真下のオリジナル作品と考えてよさそうですね。まさかこんなものまで入れてしまうとは。第1シーズンで巧妙に隠されていた毒や皮肉がだんだんあからさまになってきました。大丈夫かな(^^;

 次回もオリジナル?カーチェイスですか。映画ファン真下のこだわりを見せていただきたいところ。次回も楽しみです。
posted by てんちょ at 01:40| 🌁| Comment(2) | TrackBack(9) | ツバサ・クロニクル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月02日

ツバサ・クロニクル第36話「ふたつのキオク」

 「.hack」が長くなってしまったので、こちらはごく簡単に。

 ていうか、真下も完全に「ツバサ・クロニクル」は流して作るようになっちゃいましたねー。あんまり情熱が感じられない。まあ週3本ではしょうがないですが。

 前回の大胆不敵なモリヲカ氏の挑戦を受けて、キレイにまとめてみせた真下。いや、誠にそのあたりはソツがないんだけど。短いショットのミックスで作られていたモリヲカ演出をバラして、自身の流れるようなショット編集に作り変えてみせたのはさすが師匠の意地でしょうが。残念ながら今回はモリヲカ氏の勝ちだと思います。こんなこともあるんですねえ。がんばれ、モリヲカ氏!次回はかなりキワものな番外編の予感。真下版「トーキング・ヘッド」か?(^^;
posted by てんちょ at 01:43| 🌁| Comment(2) | TrackBack(3) | ツバサ・クロニクル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月25日

ツバサ・クロニクル第35話「ふたつのキオク」

 今回、みなさんストーリー分かりましたか。特に後半はわけがわかりませんよね。いやあ、すばらしい。まさかモリヲカ氏の方が、師匠よりも前衛の方向へ行ってしまうとはまったく予想外。しかも非常に一見関係性の薄い短いショットを積み重ねることによって、漠然としたイメージを方向付けしていくなんて、あなたはエイゼンシュテインですか(^^;

 いや、イヤミでも何でもなくてマジほめてます。特に冒頭の阿修羅王と夜叉王の対峙シーンを、各キャラの細かい部分のアップの積み重ねで描くところなんて大胆だし、サブタイトル後も、サクラの夢と阿修羅王の幻視と実際の闘いのシーンが混交したシーンが実に効果的。

 確かに複数の場面を何の説明もなくつなぎ合わせ、登場人物たちが決して経験することのない別の時間のリズムを作り上げるのは、師匠である真下社長の得意技であるのは皆さんよくご存知のことと思います。ただ、社長の場合は丁寧にほどいていけば、我々素人でももともとそれぞれの構成要素が持っていた別個のストーリーを復元することは不可能ではない。しかし今回のモリヲカ氏のこれは、あまりにもお互いの領域に入り込み、侵犯し合っているため、もとの3つの要素にバラすことはほぼ不可能になっています。それが、複数の意識が混ざり合うこのシーンを表現する手段としてはもっとも適切であり、絶妙な効果を上げていると言わねばならないでしょう。

 師匠はもう少し長めの、ふたことみこと、台詞があるショットをつなぎ合わせる編集を好みますが、モリヲカ氏は台詞も排したほとんどイメージ映像に近い大胆な編集を試みました。各ショットの長さはほんの数秒のものも多いはずです。

 特に一番最後の阿修羅王と夜叉王の対決シーン。飛び上がる阿修羅王、燃える切っ先、転げ落ちるサクラのブローチ、呆けた表情のサクラ、窓の外の赤い月、驚いた表情のサクラ、近づく阿修羅王、燃える切っ先、阿修羅王の目、前半の幻想シーンに登場した阿修羅王と夜叉王の抱擁シーン、夜叉王の涙、何かに気付いた表情のサクラ、抱き合う阿修羅王と夜叉王(剣が夜叉王を貫いているかどうかはあいまい)、二人のアップショット、真上からの構図で燃え上がる夜叉王、阿修羅王の涙、とここまで約2分間、台詞がまったくありません。今、1ショットずつ分解して見てようやくストーリーが分かったよ(笑)。え、それは演出として失敗じゃないのかって?いや、必ずしも分かりやすいのが良い演出とは言い切れないでしょう。特にこれ、ストーリー自体は大したもんじゃないんだし。

 特にCLAMP作品のような魔法インフレ世界では、より超自然的なことが起きたことを表現するのはすごく難しい。その場合、こういう「容易には理解し難く断片的にしか感じ取れない」手段が効果的。まあ、CLAMPはそんなことカケラも気にしてないんでしょうけどね。

 ただ、真下に「お気楽なテーマパーク世界」と断じられたのはよほど気に障ったと見えて、飛王のコントロールによる「安全な世界」をようやく離れたのだと言い出すんだけど、いまさら手遅れです(笑)

 モリヲカ氏、ぜひこのままの路線で突っ走って独自カラーを確立してください。あ、今回もアップ画面が少々荒れてました。何とかしてください(^^;
posted by てんちょ at 13:26| 🌁| Comment(2) | TrackBack(8) | ツバサ・クロニクル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月18日

ツバサ・クロニクル第34話「終わりなきイクサ」

 なつかしいなあ、火星を舞台にした肉弾戦。「アヴェンジャー」ですね(違う)まあ、そのあたりは抜け目のない真下のことです。使える技術は分からないように巧妙に流用しているはず。あとで点検してみよ。いや、皮肉じゃないですよ。過去に積み上げたスキルは100%利用する、これが真下流の効率主義テクニック。納期に遅れるスタジオは皆反省しやがれです。

 何でしょうか、阿修羅王、夜叉王の描き方は異様に力が入ってます。そのぶん、小狼君のカットが一部変でしたよ、真下社長。今までではちょっとないことなので心配です。デビュー戦のモリヲカ氏はまあしょうがないとしても、社長にはしゃんとしていただきませんと。まあ、3カット(それも同じカットの流用)だけですけどもね。

 まあ、阿修羅・夜叉の異様な力の入れ方自体がCLAMPへのイヤミだ、ということかもしれませんが(^^;だって両者の馬上の登場シーンがCLAMPの原作見開きシーンそのものみたいで、その「見開き絵」が微動だにしてないというのは「こんなもん動かせるわけないだろうこのコスプレ馬鹿が」という皮肉そのものです。

 もともと動かしにくいので破綻しにくいように極力アップを多用。しかし止め絵のクオリティはとことん上げ、低コストで見るに耐えるものにしてみせる真下流の「知恵と勇気」には感服するほかありません。ただ口パクじゃ面白くないというわけで、わざと顔を半分カットして「半顔面アップ」というのも面白いアイデアだと思います。作画コストも下がるしね。いいこと尽くめ。これがどういうわけか緊張感みなぎる画面になるんだからすごい。

 そういや、剣主体のバトルってのはこれが初めてだったと思いますが、相変わらずアクションに関して低コストな作画で奇想天外なアイデアを連発するセンスのよさは天下一品。画面外からの透過光の一撃で切り返しショットに阿修羅王が映っていれば、阿修羅王が応戦したのだと分かる、なるほど、さすが映研出身者ですよね。アニメにおける剣アクションとは、アップとロングの小まめな切り替えとテンポの良い透過光のエフェクトが命。いや、時代劇的な斬り合いではなくて、魔法剣同士の闘いですから、光線銃と剣戟の中間的な処理となるはず。そのあたりは妙に御大層なることもなく軽薄になることもなく、さももっともらしく巧妙に処理していたと思います。

 今回は、合戦シーンあり、騎馬シーンあり、まともにカット割りしていたら気が狂うし予算がいくらあっても足りないんですけど、こうして見ると肝心要のシーンはちゃんと枚数を費やしつつも、要所要所、特にモブシーンはほとんど止め絵と繰り返し作画だけで乗り切っている。ある意味これは本当にすごい。だって、ぼけっと見ている限りでは、絶対に気付かないはずだから。本当にすごい演出力ですよねえ。こういうのを名演出家というのだ。

 ストーリーにぜんぜん関心がなくても、このように隅々まで楽しめてしまうのが真下作品の魅力。まあ、ツバサ・クロニクルは真下信者にはやや上級者向けですけどもね。よーく注意して見ないと真下味は見えてこないから。
posted by てんちょ at 03:35| 🌁| Comment(4) | TrackBack(7) | ツバサ・クロニクル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月10日

ツバサ・クロニクル第33話「阿修羅のイワレ」

 初めてリアルタイムにハイビジョンで見ました。うーん。期待したほどではなかったなあ。これならアナログ画角でビデオで見た方がいい。どうやらハイビジョンマスターではないらしく、輪郭がやや甘い。「.hack//Roots」のすばらしさに慣れてしまっただけにちょっと、物足りなかったかも。

 さてさてそれはさておき今回の内容を。久々の原作付きですが、ここはギアチェンジしてトップスピード。一気に単行本一巻分見せ切ります。まあ、それだけ原作がスカスカってことではあるんですけどね。いくら何でも今の時代に「ロミオとジュリエット」ネタをベタに描く事例を眼にすることになろうとは。そもそも無意味にゴテゴテした服飾デザインが出てきた段階で「ああ、CLAMPだ」と鬱陶しさに天を仰ぎたい気分にさせられます。今回はどうしても避けて通れないみたいだから仕方ないけど、まあ、こんなダメ話はさっさと終わらせるに限ります。

 モリヲカ氏、今回は手堅く攻めてます。前々回のような作画の崩壊、前回のような演出の齟齬は少なく、小狼君の手桶を軸にした足技とか、少ない作画枚数で効果を上げる工夫がなかなか眼を引き「やるなあ」と感心させられます。冒頭のサクラたちの昼間のシーンから黒鋼たちのサイドに移っての夕方、そしてサクラたちの側に戻っての夜のサーカス公演と、メリハリの効いたカット切り替えで時間の流れも感じさせる演出はなかなか決まっています。中盤のクライマックスとしてのサーカスシーンの透過光は実に効果的。さすがビィートレインの透過光は天下一品だなあ。撮影部にこれほど力を入れているスタジオは他にそうそうありません。

 ファイが「阿修羅」という言葉を聞いた瞬間に表情を一変させるシーンが画面から外れている、というのもなかなかいいんではないかと思います。まあ、どう考えたって、ここまできたらもはや何をしようとわざとらしい。むしろそのシーンを見せるとウソくさい感じになってしまいますからね。

 原作付きのエピソードとしてはおおむね合格点ではないかと思います。もともとのストーリーが面白くないのはもはやどうしようもないので、補強するか骨組みまで省略するかしかないわけですが。第1シーズンでは主に「補強」路線がとられましたが、残念ながらそううまくいったとはいえない。スカの呪いは強力なのです。ならば、余分な要素を取り除いて極限まで単純化したほうがよいでしょう。第2シーズンはどうやらその方向が模索されている模様。この方が正解ではないかと思います。

 あ、ただ最後に少しだけ苦言を呈しておくと。今回も残念ながら2カットほど「?」と思わせるデッサン狂いがありました。どうもモリヲカ氏は人物の横向きショットのチェックが甘いようです。ぜひご注意を。こういうのは、失敗カット数が減るほど、残された失敗カットが浮き上がって目立ってしまう傾向があり、大変難しいのではありますが。あと、最後の天の亀裂はもう少し工夫の余地があったかと思います。あれじゃあ亀裂には見えない。亀裂の輪郭には別のタッチで透過光を添えるなどして、メリハリを付けたほうがよかったのでは。

 まあでも期待以上に良い出来だったと思いますよ。次回は真下番だし。とりあえず期待しましょう。
posted by てんちょ at 22:33| 🌁| Comment(2) | TrackBack(9) | ツバサ・クロニクル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月03日

ツバサ・クロニクル第32話「魔術師とデート」

 今回もオリジナル。第1話でちぃが出てこなかったので、このまま無視するのかと思いましたが、こういう見せ方をするとはさすが真下監督。作品を通してこの物語に対する見解を語らせると天下一品です。物語の中では何を語り、何を語らないべきなのか、そのあたりの真下ならではの主張が非常にはっきりと出ている、という意味でサンプル的な一本といえそうですね。必ずしも5W1Hを明確に語ることが良い語り方とはいえない。演出によって一定の方向性は与えつつも、あからさまな結論は決して見せない。それは視聴者が細部を読み取って自分なりの姿に肉付けしていくべきものだから。そのためには、あちこちにあえて空白を残しておくほうがいい。

 問題は、その描き方があまりに直感的かつ前衛的であるために、主張が伝わっていない視聴者も多いということなんですが(^^;

 ほら、やっぱり「なんでちぃが王になるのを拒んでいたのか、なんでファイと逃げるのをあきらめたのか分からない」とか言ってる人がたくさんいますよ(笑)まあ、そういう人には「もう一度最初から見てみるともう少し分かりやすくなりますよ」と申し上げておきますが。

 確かに極めて押し付けがましいCLAMPの叙述とは水と油。CLAMP原作に忠実な「xxxHoLic」とは対照的といえるでしょう。まあ、少なくともオカルトで説教はされたくないよな。良いオカルトと悪いオカルトなんて、んなものはありません。オカルトはオカルト。いかがわしさこそが力の源であり、そのことを忘れると大火傷する。
 「ツバサ・クロニクル」も原作は説教しまくりなのですが、それらを一切排除し、ストーリーの骨組みは保ったまま、まったく異質の真下的な前衛叙事詩に脱構築してみせる力技。何というイヤミな妙技!もちろん、それを読み取るためには、それなりに注意を払う必要はありますけどね。ただ、まったくトンチンカンなことは言っていないつもり。指摘していることは「そういえばそんな見方もできるかも」と納得してもらえるもののはずだから。

 CLAMP原作ではとにかくみんなやたらと演説をぶちたがりますが、真下にしてみれば「そんなものは大きなお世話」であるはず。だから、このエピソードでもファイはほとんど世間話的なことしかしゃべっていない。

 それでいいんです。物語とは受け手の思索のきっかけを促すべきものであり、ある特定の思想を押し付けるものじゃない。

 たとえば、このエピソードの最後、なぜ鳥が飛んできたのか、なぜそのとき夜が明けたのか、なぜそのときちぃはファイとの別れを決断できたのか。それは細部を注意深く観察し、時に繰り返し見ることによってしか納得できないはず。

 もちろんここでファイの長台詞で延々と説明することはできるけれど、それはかえって物語をやせおとろえさせ、想像力を根絶やしにしてしまう。だから、私はあえて語りません。自分なりの考えはあるけどね。それは皆さんが一人一人見つけるべきものであるはず。

 …次回は原作付きか。あーあ。まあ仕方ないですが、桜都国篇のようにダラダラとやられるのは勘弁。さっさと済ませてくれることを祈ります。まあ、原作付き篇の方が原作に対する毒は冴えるので、それはそれで楽しいんですけどね(^^;
posted by てんちょ at 23:33| 🌁| Comment(3) | TrackBack(10) | ツバサ・クロニクル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月28日

ツバサ・クロニクル第31話「少年のケツイ」

 ただいま義母が大阪から遊びに来て接待中。つーわけで少々忙しいのですが、合間を見てチェック。

 モリヲカ氏、今回はがんばりました!何といってもここのところ消えていたキャラクターの目の輝きが復活していたのがうれしい。作画はかなり締まっていてよいできばえだったんではないかと思います。少なくとも29話のような首をかしげる構図はなかったです。演出は簡潔にして的確。

 前回の惨状については誰の目にも明らかでしたから、たぶん、真下社長からもかなり厳しい叱責があったものと思われます。相当の覚悟で挑んだんじゃないかな。

 真下流の大胆な演出については、まだ戸惑っているところもあるようですが、それは少しずつでも身に着けていってほしいところ。小狼君たちが海に落ちるシーンのカットがまったくないのは演出としては失敗。止め絵スライドのコンマ1秒でも、入れておけばよかったんですよ。たしかに師匠の省略は大胆ですが、ここは切ってはいけないカットだと思います。
 風の洞穴から飛び出すシーンは、もう少しましですが、ややカット間の流れがよくない。カットとカットの間に数フレームずつ黒味を挟んでやると、明滅効果が出て緊迫感が高まると思います。まあ、これは最近規制が厳しい表現なんですけどね。

 ストーリーは今回もオリジナル。真下が作ったであろう、もともと企画段階からあったものでしょうから、特にモリヲカ氏のアイデアではないでしょう。何といっても
「以前に悪役として出たキャラクターが善人として再登場する」
「自分の父と自分より年下の姿で出会う」
というふたつの設定は、CLAMPに対するイヤミ以外の何ものでもないですから。これはいかにも真下らしい設定。

 だって、第2話の亮子の台詞を信じるならば、
 「世界Aで悪人だったキャラクターが世界Bで善人(もちろんその逆も)」
 ということは十分にあり得るはずです。パラレルワールドでの同一キャラの年齢が同じということも話がうますぎる。少なくともヘアスタイルぐらいは違うだろうに。

 ところが「同じ魂」といういい加減なオカルト的設定のもとに縛りがかけられてしまい、どんな世界へ言っても同じ面構えの人は似たような性格ということになっている。それははっきりいって当初の設定から破綻しているといっていいはずです。

 こういったあたりを容赦なく見せていくあたりもまた真下ですよね。

 もうひとつのポイント、

 「なぜパラレルワールドで、その世界の自分自身と出会うことがないのか」

 は、27話の冒頭で「もうひとりの小狼」の夢が出ていますから、かなり重要な伏線なんでしょうけどね。ちゃんと考えてるんだろうなあ、CLAMP。つまんない話だったら容赦なく改変するのが吉かと思います。
posted by てんちょ at 23:55| 🌁| Comment(5) | TrackBack(10) | ツバサ・クロニクル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月21日

ツバサ・クロニクル第30話「哀しいキセキ」

 いやあ、やはり真下監督エピソード、しかもオリジナルとなると、できばえも完成度が数段違いますねえ。作品に対する演出態度というのがよりはっきりと分かりやすい形で示されるということもあるのですが。

 これと交互に演出しなきゃならないモリヲカ氏は本当に大変だとは思いますが、なんとか頑張ってついていってほしいところです。

 で、今回は第1シーズン最終話に置かれ、CLAMP原作の息の根を止めた決定的エピソード『空中神殿』の続編に当たります。

 『空中神殿』のエピソードは、「唯一の願い」という強烈な破壊装置を武器に、CLAMPのいい加減な作品設定などいつでも破壊できることを宣言した極めて辛らつな一本。「唯一の願い」があれば、旅の仲間の結束も、旅の動機も、すべてが無効化される可能性があるわけですから。これで第1シーズンを終えた真下は本当にいい根性していると思います(^^;

 ある意味で「旅とは何か」「物語る行為とは何か」を考察した、批評性の強い一本でした。

 そんな作品の続編だというのだから、普通に終わるわけはないわけで。

 まず、前回にサクラが最後に下した決断を否定するところから初めてしまいます。これからしてまずすごい。前回の結論はかなり巧妙に思えたのですが、そこに既に問題点が潜んでいることを真下は見切っていたのですね。

 「お願いすることで何かを解決しようとする態度は、結局何も解決できずに終わってしまう」
 という、かなり反ファンタジー的な態度がすごい。「マイメロ」に聞かせてやりたいですね。というか、マイメロもいつも何も解決できず騒動を拡大するだけではあるんですけどね。あ、そういう意味では、このエピソードもマイメロも同じスタンスなのか(^^;

 常に自己を絶対視せず、過去のすべてを相対的に見つめ分析しながら進んでいく、真下のこの作品における批評的な方策は、とても独創的だし、斬新に思えます。原作つきエピソードで辛らつな皮肉を織り込んで展開しているわけですから、

「ならばこの作品はどう語られるべきか」

という結論は必要になるわけで。4話おきのオリジナルエピソードは、常にその結論としての意味を示し続けてきました。

 今回は、CLAMPがお手軽に絶対化してしまっているサクラの力でも何の役にも立たないこともあることを描いてしまっています。なんという容赦のなさ!
 でも、「何の役にも立たない」ことを悟らされたときに、どう行動するかで、その人の価値は決まる、真下はそう考えているのでしょう。「絶対的な強大な力」などというものを描くナンセンスさ。CLAMPにそんなことを言っても仕方ない、というか、もはや手遅れなんですけどね(^^;
 アニメはそこから抜け出たその先を描こうという意欲満々。この先が楽しみです。
posted by てんちょ at 23:32| 🌁| Comment(4) | TrackBack(9) | ツバサ・クロニクル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月14日

ツバサ・クロニクル第29話「栄光のゴール」

 今回はモリヲカ氏演出回。やはり社長と1話おきに担当することになりそうな様子なんですが…

 あらら。モリヲカ氏、2話目にして既に作画が大変なことになっているんですが。特に引き画面やバストショットがひどい。とても同じキャラに思えないよ。そもそも鉤鼻はないだろうに。あごの線もとがりすぎ。クセのある原画マンが担当したんだろうけど、ここは直すべきだった。そのための監督でしょう。

 まあ、ビィートレが3班体勢で大変な状態なのは認めますけど、どんな大変な時にも絶対に納期を守り作画的な荒れは見せないのが真下社長ですから。時間がないならないで、ないなりのスケジュールの立て方をするしかない。人物作画はアップにして、背景を動かすとかね。腕の悪い原画マンでも、アップならボロは出にくいはずだし。それでもダメだったら背景画像に車を飛ばして、音声は画面外からのオフ音声にしてしまうとか。

 といったテクニックは学んでいるはずですが、ここぞという場面で機転を利かせて使うためには、真下のような動物的カンが必要なんだろうなー
 我々素人に言われるまでもなく、社長からみっちりお小言はもらっているはずだと思うので(真下はたぶんスケジュール管理に一番うるさいはずだから)、次回、雪辱を期待しております。

 でもまあ、ラスト付近で師匠譲りのハードボイルドな演出があったのはちょっとうれしかった。黒鋼と友世の会話の場面。

「同じ、魂、か…」

という黒鋼のつぶやきが、実にシックで効果抜群。ここで今回のエピソード終わるのかと思ってしまいましたよ(^^;いいなあ、師匠譲りのハードボイルド。ビィートレにはやはりハードボイルドでシリアスな演出が似合います。この場面は、作画も実にしっかりしていたしね。なるほど、ここは力を入れたんだ。でも、力を抜いてる部分でも力を抜きすぎませんよう。全体が台無しになりますから。

 まあ、そういうことは次回の課題として。こういう、CLAMPが見逃している作品の潜在力を掘り起こす演出は大変うれしいので、どんどんチャレンジしてください。原作者にとっちゃ、こんなにイヤミな話はないだろうけどね。

 さて、次回は完全オリジナルエピソードですか。「4話おきオリジナル」という鉄則は第2シーズンも守られるのですね。これまでのオリジナルエピソードは、すべて原作に対する痛烈な皮肉となっていたので、今回もぜひ期待したいところ。ローテ通りなら、次回は真下社長担当だしね。
posted by てんちょ at 13:35| 🌁| Comment(6) | TrackBack(8) | ツバサ・クロニクル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする