2012年02月23日

「逆転裁判」

 ゲーム、やってません。見る気ゼロでした。ところが、ロッテルダム映画祭に行った知人が

「向こうでこの映画を持ってやってきた三池崇史を見た」

と教えてくれ「なに三池監督なのか、ならぱ見ないわけにも行くまい」と渋々出かけることにした次第。



 ずっとこのブログを読んできてくださった方ならご存知のとおり私は大の三池崇史ファンでして、ヤッターマンも忍たま乱太郎も「三池なら仕方ない」と許容できてしまう次第。そういう三池マニアの目線から見ると「非常にらしくて面白かった」というのが結論。たぶん、原作ファンには冒涜にしか思えないだろうから見に行かない方がいいとは思いますが。

 それでも、怪しげでコミカルな要素を大量にぶちこんで四畳半のカオス、みたいな感じで成立させてしまうのがこの監督のすごさ。テレビディレクター出身の凡人とは違ってちゃんと「映画」として成立させてしまうのですよ。特に法廷ミステリ映画として見た場合、けっこうきっちりとできているのは見事。こういうところが職人として評価されるところではあるんでしょうね。原作に対する愛情はあまり感じられなくてヘンな髪型をコスプレ的に再現しているところは悪意すら感じるのですが、それはそれでそういう世界として成立させてしまうのが三池調。

 そもそもいきなりエクソシストみたいな霊媒シーンから始まって「映画間違えたか?」とマジで確認しに入り口まで戻ってしまったぐらいのマイペース。後は何の説明もないままに逮捕にやってくる警察官の中に妙なゆるキャラが混じっていたり(一応伏線にはなってる・笑)、主人公の友人がやってるヘンな土産物屋の空気人形が無駄に重要な伏線になっていたり、吉本新喜劇なみに一同がコケるシーンが何度もあったり…

 まあそれでも「とことん観客を楽しませる」という三池監督の信念は揺らぐこともなくて、最後の方で出てくるオウムに証人尋問するシーンなどは爆笑してしまいましたよ。検察官が思わずツッこんでましたけど

「この者は証人として適当ではない、ていうか適当すぎるだろ!!」

 なんか原作のゲームやりたくなってしまったなー…ってぜったいこんなわけない!!(^^;

 
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2012年02月10日

「ブリューゲルの『動く絵』」

 本日見てきました。話題作とは聞いていましたが、こんなにも満員御礼とは平日だというのに…前の方しか席が空いてなくて首痛かったですよ(^^;



 これ、見ていただいての通り、予告編が大変面白い。おなじみブリューゲルのあのゴチャゴチャした作品世界を実際に大量の俳優を使って活人画として再現してしまおうというわけですから。

 中世オランダの農村の生活を猥雑な部分までぎっちりと濃縮して描き出した巨匠ピーター・ブリューゲルの絵画というのは、画面の中に膨大な人物が描きこまれていて、これらを実際に人間に置き換えていくとなると、途方もない手間がかかる。

 でまあ、実際にどんなもんかなと本編を見てみたら、活人画が出てくるのはごく一部。大半は普通のロケ撮影でした。そうだろうなあ。ちょっと大変すぎるから。

 そして、ちょっと意外だったのは、一見楽天的なブリューゲルの絵が、実はスペインに支配されたオランダの辛苦の時代を描いたもので、作品の中にはその怨念が詰め込まれているということ。全体としては結構暗い作品なのでした。だからキリストを処刑するローマ兵の代わりに赤い服を着たスペイン兵が描かれていたりする。

 そしてブリューゲルの絵では、キリストの磔刑やイカロスの墜落といった絵の主題であるはずのものがほんのごく一部に小さくしか描かれない。それはスペインへの糾弾という意図を隠すこともあるのでしょうが、世界はいろいろなことが絡み合っており、重要な出来事ほどその中に埋もれて見えにくい、というのがブリューゲルの哲学であったようです。

 全体としては大変にセリフが少なく、直観的にブリューゲルの作品世界を理解させようとする制作意図はとても好ましい。ブリューゲルについて学ぶための教育映画として考えると大変によくできている。娯楽としてはもうひと押しほしかった気もしますが、一見の価値はあります。
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2012年02月04日

モンティパイソン「ノット・ザ・メシア」

 実はほとんどブルーレイの実写ディスクというものを持っていません。まあ実際に世の中で売れているブルーレイの大半はアニメらしいんですけどね(^^;
 自分の好みの作品ていうのはペイしないのかどうしてもブルーレイ化されませんで。ラース・フォン・トリアーの「ヨーロッパ」のブルーレイが出たら、値段がいくらでも買うんだけど。

 実際に持っているのは「メトロポリス」の150分版だけ。しかしこれ新発見のパートは傷だらけのフィルムをかろうじて修復したものなので、ブルーレイにすることに何の意味があるのかかなり不明。でも仕方ない、最初に出たバージョンはブルーレイだけだったので。

 そんな中、モンティパイソンの40周年コンサートを収録したブルーレイが出る、ということなので買ってみました。

【DVD】モンティ・パイソン ノット・ザ・メシアモンティ・パイソン [TSDD-80088] ...

【DVD】モンティ・パイソン ノット・ザ・メシアモンティ・パイソン [TSDD-80088] 10P13Jan12


 元ネタはおなじみ映画第二弾「ライフ・オブ・ブライアン」。オペラなんだとばかり思っていたら、実はオラトリオ。つまり、みんなコスチュームは着ずタキシード姿でオペラの声楽だけを歌うコンサートという趣向。なんだあ、とちょっとがっかりしましたが、実際観てみるといやいやこれが豪華豪華。さすが音楽コントに生涯をささげたエリック・アイドル肝いりの企画だけのことはある。

 気合入れて5チャンネルサラウンドで聞いたら結構ハマりました。すばらしい。逆にCDだとこの迫力は出ないわけで、コンサートの臨場感たっぷり。

 もちろんパイソンズですから真面目なわけはなくて、とにかくたっぷり金をかけて超一流のスタッフが荘厳なオラトリオのパロディをやらかしてくれるから笑うほかない。歌手たちだけでなく、指揮者・演奏家・合唱団までが次々と予想外の一発芸をやらかしてくれます。ヘンデルの「メサイヤ」のパロディらしいんですが、元ネタ知らなくても大丈夫。宗教チックないかめしさを雰囲気そのままにアホなシチュエイションにスライドさせてくるからいやおかしいおかしい。

 それにしてもこれ、すごい時間がかかったんじゃないかと思っていたら、オマケのメイキングによると準備期間はわずか一週間!プロってすごい。クラシックの超一流のクリエイターたちが嬉々として参加してちょいちょいと打ち合わせただけであっという間にこれだけのものができてしまうすごさ。尊敬します。マジで。

 ちょうど今、日本では前作「スパマロツト」の日本版の公演やってるんですよね…まあ日本人の俳優がやってるのを観てもなあという感じで行きませんでしたが。ちょっと台本は気になる。
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2012年02月03日

「月光ノ仮面」

 「ケータイ大喜利」の板尾審査委員長はとても尊敬しています。あのぶれなさ加減、独創的な視点はすごい。松ちゃんと「ごっつ」でコントやってたころから飛びぬけていた気がします。その板尾さんが映画を撮ったとあれば気にならないわけがない。それでも前回の「脱獄王」はなんとなく食指が動かなくて見ないまま終わってしまったんですが。

 今回はなんといってもあの印象的な予告編にひきつけられました。



 とはいえ、ネットの映画評の感触はすこぶる悪い。観客もかなり不入りのようで早々に打ち切られるらしい。というわけで、慌てて行ってきました。

 で、結論から言うと…「わけがわからん」と文句を言う人の気持ちは判らないではない。確かにお笑い芸人が作った映画として期待される範囲内からあまりにも大きく逸脱しているので。これに比べれば松ちゃんの映画もたけしの映画も想定の範囲内ですね。

 そもそもあのしぶちんの吉本がよくぞここまで過激な「藝術映画」にお金を出したと思います。それはそれは傲岸不遜なほどに板尾創治の内的世界を映画化してしまっている。ただ、まったく私小説的ではなく、詩的ですらない。じゃあ何なのかというと、まったく未知の何ものかであるとしかいいようがない。

 それにしてもあの「粗忽長屋」をここまで陰鬱な世界に作り変えてしまう神経というのはある意味すごい。普通なら本能的に「少なくとも笑えるように作ろう」と思うでしょうから。

 ストーリーはしごく簡単。徴兵されて戦死したとばかり思っていた落語家が戦後2年目にひょっこり戻ってくる。すべての記憶を失い、その口が語るのはぞっとするほど陰気な口調の「粗忽長屋」の口演のみ。それでも婚約者の女は「間違いなくこの人だ」と断定し、一門はなんとか彼の記憶を取り戻そうとするがうまくいかない。そんなある日、もう一人の男が帰って来る。そして彼こそが本当の落語家だった男。しかし彼は喉を負傷し、声を失っていたのだった…じゃあ最初に帰って来た男は誰なのか?

 とまあ、戦後の日本では結構あちこちでこういう取り違えがあったのでしょうねえ。この映画がある意味ですごいのは、これを悲劇や人情喜劇ではなく、一種凄みのある不条理劇として描いていること。物語は途中からまったく不透明になっていき、何度も劇中しつこく繰り返された

「ここで死んでいるのは確かにおれだが、じゃあこいつをかついでいるおれはいったい誰だろう」

というセリフのままに幕を閉じます。ああなるほど、その通りだ。でもそれってどういうことなんだ?

 怒る人がいるのも無理はない。でも、私はあえて支持します。およそここまで我侭な藝術映画というのはなかなか撮れるもんじゃないからです。さすが板尾審査委員長。まあ、もう一回観るか、と聞かれたらちょっと考えるけどね(^^;
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2012年01月04日

エル・ブリの秘密 世界一予約のとれないレストラン

冬コミは久々に泊りがけで行って少し時間があったので、向こうで映画見てきました。んで、見たのが何かというと、これ。



 なんでそんなものを、といわれそうですが、いやまあ、ドキュメンタリーとして面白そうだったんで。グルメにはそれほど興味はないんですが。ヌーベルキュイジーヌとかさほど興味はないしね。

 暇つぶしのつもりで見たんですが、内容には腰を抜かしました。びっくり。こう来たか。最前衛の三ツ星レストランは人を驚かせなきゃならない、というのがオーナーシェフたるフェラン・アドリアの信条。というわけで料理だというのに液体窒素は使うは遠心分離機は使うわで、ほとんど料理というよりは化学実験に近いありさま。

 エル・ブリはスペイン・カタルーニャ地方にあった伝説のレストラン。45席の店に年間200万件の予約が殺到するらしい。ただ、今は閉店してしまったそうです。それもまあ無理はないと思う。毎年半年休んでメニューを完全にリセットする。その間にじっくり議論してメニューを決めていく。その一部始終を追っているわけですが、ほとんど料理というよりは大学の研究室みたいなノリ。シェフたちはパソコン片手にひたすら実験と議論を繰り返し、データを集め、論文化していく。どう考えても無理ですね、これで採算を取るというのは。

 料理をレストランで披露するのも、ショーというよりは学会のプレゼンのような演出です。楽しいというよりは、ひたすらいかめしくありがたげ(^^;

「映画としては面白かったが、料理はちっともうまそうじゃなかった」

 というヤフーの映画評にはひたすら同意。まさしくその通りですね。なんでそんなことになるのか。柿や柚子や抹茶と、日本の食材もたくさん用いられていますが、日本のレストランとは決定的に異なるところが一点。形や盛り付けにはこだわっているようですが、決定的に色にこだわりがないんですよ。結果として非常にくすんだ美麗さに欠ける盛り付けになってしまうわけで…

 あと「3時間で35品を出す」というのも多すぎ。一品あたり5分かよ!むちゃくちゃ高いらしい超高級店だというのに、わんこそば状態(^^;まあ、このアンバランスなトンチンカンさが、ほとんどマッドサイエンティストじみて大変に面白い。ほとんどSF料理といっていいありさまです。映画としては大変に面白く超おすすめといっていいでしょう。とにかく退屈している暇はありません。グルメとしてはどうかと思いますけどね(^^;
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2011年12月19日

ミケランジェロの暗号

 正規の公開時は見そびれたんですが、MOVIX系で再上映するってことで行ってきました。見れてよかったーこういうミステリ系の作品は当たった時でかい。



 前作の「ヒトラーの偽札」が結構手堅くできてたので、今回も期待してたんですが、今回は予想以上に歴史ミステリしてて、娯楽度がアップしてました。まあ、収容所に入れられてるユダヤ人があんなに血色いいわけはないんですが。それはストーリー的にあまり重要ではないから眼をつぶってもいいかなと。

 最大の見所はユダヤ人一家とナチの騙し合いで、ぐるぐると攻守を変えながら続いていくから飽きることがない。本当に最後まで一気に見てしまった。ドイツでナチを題材にして、ここまで痛快な娯楽作ができるようになったんだなあとちょっと感慨深い。

 まあ肝心のミケランジェロの暗号は観客には簡単にわかってしまうゆるいものですが、そこは実は大切ではなくて、最後にニヤリとさせられる仕掛けがある。まあ、いわばコン・ゲーム映画というべきもので昔は「スティング」とかいろいろありましたけど、最近はハリウッドでは空回りが多かったなあ。

 そう、こういうのが本当のコン・ゲームなんです。
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2011年12月06日

「緑子」

 アニメ作家黒坂圭太氏によるグロくてパワフルでエネルギッシュな長編作品。レイトでしか上映していないので見に行き辛かったのですが、えいやと行ってまいりました。



 昔から追いかけている人で、「みみず物語」とか「個人都市」とかはバイオレンスをアートの文脈に遠慮なく組み込んで、途方もないパワーを作り出してました。あのころは結構夢中になってみてたなあ。その後ぱったりと新作が途絶えて、近況を聞くたびに「緑子」という長編を作っている、という話でした。「今年こそ完成する」「今年こそ完成する」といい続けて幾年月。もう20年ぐらい延々作っているような気がしていたものですが、公式には制作期間は13年だそうです。

 いちどほぼ完成しかけたものの撮影に失敗、フィルム版をすべて破棄してデジタルで制作しなおしたそうで。まあ、たしかにげんなりしてモチベーション下がるよなあ。

 プロデューサーが最後は作家を叩いて叩いて最後は描き終わるはしから直接作画を回収していって、ようやく完成にこぎつけたらしい。本当、おつかれさまでした、水由さん。

 もうここまで時間を費やしてしまうと「あれ、この程度?」とちょっと物足りない思いを抱いてしまうのは仕方ないことなのかもしれない。どこかで本来出すべきだったタイミングを逸してしまったわけでね。

 ただ、ここまで時間がずれた割には、変わらぬパワーとインパクトを保持しているのはすごい。そして、昔の作品ほどグロにイタさやイヤさは感じなくて、割とさわやかにスーっと見られてしまったりする。不思議不思議。

 ただ、これってビル・プリンプトンの「新郎は変な人」のパターンだよなあ。性欲が食欲にシフトしただけで。だから割と安心して見れてしまうのか。

 とはいえ、ここまで引っ張りつつもオクラにせずに日の目を見させたのは偉いです。お二人とも本当におつかれさまでした!次回作はもう少し短いインターバルで期待したいですね(^^;
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2011年11月28日

「SFボディ・スナッチャー 盗まれた街」

 ジャック・フィニィの古典的名作の最初の映画化。今まで知らなかったんですけど、これ、日本では劇場公開されてないらしい。本当、びっくり。それをこっそりと上映してしまうのが、われらが大阪の誇る下町映画館プラネットのすごいところ。いつもトンでもない作品がある日突然、こっそり上映されてます(笑)

ボディ・スナッチャー/恐怖の街 [DVD] / ケビン・マッカーシー, ダナ・ウィンター, ラ...

ボディ・スナッチャー/恐怖の街 [DVD] / ケビン・マッカーシー, ダナ・ウィンター, ラリー・ゲイツ (出演); ドン・シーゲル (監督)

 一応DVD発売されたことはあるようですが、現在は絶版。昔見た「遊星よりの物体X」があまりにスットコだったので一連の「赤の恐怖」を描いた50年代米SF映画は敬遠してたんですが、最近またちょっと興味が出てきてポツポツ見てます。「遊星からの物体X」じゃないですよ。あれはカーペンターのリメイク版の方が断然面白い。

 興味がわいたというのは、シネフィル・イマジカで「光る眼」のオリジナル版を見たことがきっかけ。これまたカーペンター版が面白いんですが、こちらはオリジナル版も面白かった。これだけ時間がたつと思想的問題があまり気にならずに見られるし、何より孤立した新興住宅地で少しずつ違和感が蓄積していくという緊張感がすばらしい。よく知っている隣人がある日突然見知らぬ他人のように感じられる、というのはむしろ精神病理学の世界の話なのですが、もしもこれが本当に何者かの侵略であったとしたら?仲間がどんどん敵にまわっていき、気がつけば街から逃げ出すことも困難になってしまう。


 冷戦がとっくの昔に終わった現在の方が、危機を訴えても狂人にみなされてしまい、どんどん手遅れになっていく恐怖が純然たるホラーとして味わえますね。「光る眼」に比べると、乗っ取られた隣人がロボットみたいになるわけではなく、むしろ落ち着いて理性的ですらある。しかしどこかよそよそしい。この微妙な演技こそが本作品の魅力といえましょう。

 しかし不思議なことに、この後二度にわたってリメイクされたものはあまり出来がよくなかったらしい。

 まあ、この作品も完璧というわけではなくて、「眠ったら入れ替わる」というメカニズムがやや説明不足のところもあるんですけどね。まあそういうのはこちらで読み解いて設定を補強する楽しみがあると言えるかもしれませんけど。
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2011年11月22日

大阪ヨーロッパ映画祭「アニタ・ガリバルディ」「紅いシャツ」

 大阪ヨーロッパ映画祭、勤め先から近い場所でやってることもあって、毎年1本は見てます。今年はあまり食指が動く作品がなかったんですが、なかなか刺激的だったのでイタリア建国の父を描いた映画創世記のサイレント作品とモノクロトーキー期の作品の2本立てを見てきました。まあ2本ともそうそう見られるものじゃないですからね。

 むろん、見て楽しいか、というとかなり微妙ではありますが、イタリア史に興味がある人にはそれなりに楽しめると思う。ガリバルディについて、日本ではあまり知られてませんからねえ。そういう意味ではこうしてまとめてとりあげてくれるのは助かった。

 ただ、実際に見て気付いたのは、「ジュゼッペではなくアニタ」だということでした。そう、建国の父本人ではなく、その妻の物語になってるんです。どうやらアニタは夫の独立戦争に身重な体で付き従って、戦友をかばい、自ら銃をバンバン撃ち叛乱には一喝する、大変な女傑であったらしい。そんなわけで、イタリア建国物語はその妻の目から描かれている次第。

 まあわれわれ外部から見ると「どうみてもアニタ、足手まといになってないか?」なんだけど、それでも共に行動するのが愛に生きるラテンなイタリア人なんだろう(^^;

 サイレント作品「アニタ・ガリバルディ」は、12分の短編で生涯を振り返る超スピード展開。1910年で全編固定ショットの舞台劇調展開というのはやや時代に乗り遅れている気もします。まあ、まだまだこういう作品もあったということなのだろうなあ。イタリアが映画史に残る超大作「カビリア」を送り出すのはわずかこの四年後のことなんですけどね。

 ただ、一緒に見たうちの家族曰く「予告編としてはよく出来てた。アニタの生涯がよくわかった」

 いや、予告編じゃないって(^^;んでまあ、続く「紅いシャツ」は、50年代とは思えないほど鈍重な展開だし、展開もわかりにくい。ただ、先にサイレント版を見ていたおかげである程度理解できました。まあ、こちらはガリバルディ役の俳優さんがなかなか堂に入っていてすばらしかったです。

 結局アニタの死で物語は終わってしまい、イタリア統一まで行かないのがなんとも残念。本当はこの後いったん革命に失敗したガリバルディは追放になるのですが、なぜか外国船航路の船長になって5年にわたり世界を巡り、その後舞い戻ってきて今度はあっさりとイタリア統一を成し遂げてしまう。本当はこの部分の方が面白いと思うんだけどなあ(^^;
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2011年11月21日

ミッション:8ミニッツ

 なんともB級なタイトル。でも英題も「SOURCE CODE」だから大して変わんないです(^^;なにしろ尺数は93分。まさしくシネコンの隙間を埋めるべく配給される小品という感じですが。



 ではなんのために見てきたのかというと、監督がダンカン・ジョーンズだから。デビュー作「月に囚われた男」は、まさしくSFファンの心意気、という感じで、こういう手作り感満点の想像力に満ちた作品は最近なかっただけにとてもうれしかった。

 そのデビュー作が評価されてハリウッド進出を果たしたわけですが。普通、インディペンデントの監督がハリウッドに行くとうまく自分のスタイルを貫けずに埋没してしまうものですよね。しかし安っぽいB級ストーリーを逆手にとって実にうまく自家籠中のものとしていたのが見事でした。

 ストーリーは低予算映画によくある、シンプルなリバースもの。爆弾テロの現場に居合わせた主人公が、何度も過去にジャンプしながら犯人を捜し解決策を探ります。これだとセットは限られた内容で済むし、脚本にも仕掛けがしやすいですからね。

 ただ、今回は少し仕掛けがされていて、主人公がやっているのは量子論を応用したシミュレーションにすぎない。つまり、過去にもどって爆弾を止めるだけでは意味がないのですね。現実ではもう爆発は起きていて、過去は覆しようもない。やるべきことは犯人を突き止めること。

 しかし何度も何度も過去に戻るうちに、徐々に主人公の秘密も明かされていきます。いったいなぜ主人公はこの装置に押し込まれる羽目になったのか。外側の世界は今どうなっているのか…「驚きの結末」と大いに宣伝されて上映されておりますが。「驚き」の意味は普通に考えるものとちょっと違うと申し添えておきましょう。ミステリ的展開を期待していると怒り出すかもしれない。

 むしろこれはSFとしてニヤリとさせられる展開。ハリウッドでも何度も企画が持ち上がっては立ち消えている、ディックの「ユービック」、彼に映画化させればいいんじゃないでしょうかね。
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2011年11月15日

サヴァイヴィングライフ

 チェコの戦闘的シュルレアリスト、ヤン・シュワンクマイエルの新作です。関西での上映は終わってしまいましたが、一応見たので、ご報告。過去にも彼の作品は必ず取り上げてることですし。



 最近のシュワンクマイエル作品の中では、もっともアニメ的といえましょう。写真を切り抜いて貼り付け、アニメとして撮影する、というCG全盛の時代にはちょっと心配になるぐらい面倒な手法。しかしこの人は表現を突き詰めるためには、手段を選ばないし面倒をいとわない人ですね。そのあたりの信念の強さは本当に敬意に値する。

 夢が性的なものと結びつき、母親への抑圧された願望へと変化していく、という展開は、ほとんど教科書的とすらいえるフロイト的世界。しかし、フロイトは実は口実にすぎなくて、むしろそこを入り口にグロテスクでシュールな世界に観客を引きこんでいくのがシュワンクマイエルの作戦。そのあたりの手わざは本当に安定していて、見事なもの。予告編を見るだけで、スチールを駆使した組み合わせの妙は理解していただけるはず。

 コラージュといえばマックス・エルンストが大先輩になるのですが、割とわかりやすいエルンストに対して、どんどんエスカレートしていって意味が失われていく、それでも決して手綱を緩めない、というのがシュワンクマイエルの豪快なところ。本当「これでよし」と歩みを止めることがない。そういう意味ではすごい人だと思う。

 もちろんサドを道具立てに使った前作「ルナシー」にせよ今回のフロイトにせよ、まったくの口実でしかない。ただ、毎度の突き詰め方はすごく、ストーリーを常に破壊する方向へ行くので、見ていてかなり体力を削られるのは確か。ぼちぼちまた短編が見たいところではありますね。
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2011年11月14日

ゴーストライター

 ポランスキーひさびさのミステリ大作、ということで見てきました。



 うーん。まあ、丁寧には作ってありましたよ。そういう意味では悪くないんでなかろうか。あまりにも露骨にブレアと判る元首相の犯罪に巻き込まれるゴーストライターの物語なんだけど…

 はっきりいってぜんぜん意外な結末でもなんでもないです。実際ブレアは在職当時からこういうことは言われていた人ですからね。ていうか、CIAがいくらアホでもこういうことはやらないだろう。こういうことは陰謀論者の妄想の頭の中にしかない話です。

 確かに最後の最後でちょっとだけひねってみせますが「それがどうした」という感じ。まったく状況は変わっておらず、最後には巨悪に主人公が抹殺されて終わる。これはミステリ映画じゃなくて完全に陰謀論映画でしょう。そういう目線で考えると、どこまでが主人公の妄想だったのか?という目線で考えるとそれはそれで楽しいかもしれませんけどね。
posted by てんちょ at 02:49| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月07日

フレデリック・ワイズマン・レトロスペクティヴ「基礎訓練」

 これで最後、三本目。今回も面白かったです。

全貌フレデリック・ワイズマン――アメリカ合衆国を記録する [単行本] / 土本 典昭, 鈴木 ...

全貌フレデリック・ワイズマン――アメリカ合衆国を記録する [単行本] / 土本 典昭, 鈴木 一誌 (編集); 岩波書店 (刊)

 今回見た三本の中では、これが一番普通に誰にでもお薦めできるかな。何しろ90分と一番常識的な尺数だし(笑)ワイズマンは2時間半から3時間半ぐらいの作品が一番多く、4時間とか6時間とかいうのもザラ。最長の「臨死」に至っては堂々9時間。ただし、長い作品だからといって見るのも大変かというと必ずしもそうでもないところが興味深い。実は体感時間としては、長かろうが短かろうがあまり変わらず、ということは長時間の作品の方が結果として見ていて面白い、ということになるわけですが。

 とはいえいくら面白いとはいえ9時間もある作品を早々お薦めはできない。というわけで、この作品。ベトナム戦争時の新兵訓練を追いかけています。作品が撮影されたのは1971年。徴兵された青年たちがいきなり坊主に刈り上げられるところから始まり、歌いながらの行軍訓練、射撃訓練、部隊内のケンカと懲罰、洗脳的な鬼軍曹教官などなど、思い浮かべるイメージはキューブリックの「フルメタルジャケット」そのもの。むろんこの映画の方が断然古く、キューブリックがこの映画から何がしかのイメージを得たことは十分に考えられます。

 むろんパクりとかそういうことではなくて、鬼軍曹の強烈な存在感という意味では、より不条理なリー・アーメイのほうがはるかにおぞましい。たぶんキューブリックが自分の世界を組み立てるときによって立つ土台としたであろうことは推察できますけどね。

 ワイズマンの描く現実の新兵訓練はよく似ているけど、いくぶん普通に見えます。あまり怒鳴ったりせず、穏やかに、しかしネチネチと語りかけてくるぶん、精神的にはこたえるかもしれない。日本だったらあっという間に拳の雨あられだよなあ。米軍の新兵訓練の方が紳士的でカリキュラム化されているぶん、見ているかぎりでは逆にずっと恐ろしい。日本軍は恐怖で萎縮させるだけだけど、米軍は本気で精神的にも同調させてしまうようですから。

 まるで羊や犬を飼いならすかのように決められたプログラムに沿って淡々と工程をこなしていき、気がつけば一糸乱れぬ行軍が完成している。

 「君らの中にはこの戦争に反対の者もいるだろう。だがここまで来てしまったからには手遅れだ。君たちは兵士になるのだ。文句を言わず命令に従うこと。それが徴兵の2年間をやりすごす一番の方法だ」

 中隊長の挨拶は本当におそろしい。まさしく「地獄へようこそ」といってもいいかもしれません。
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2011年11月03日

フレデリック・ワイズマン・レトロスペクティヴ「セントラルパーク」

 というわけで本日はワイズマン2本目。この後の「アスペン」も見たかったのだけど所用でかなわず。無念。

 全貌フレデリック・ワイズマン――アメリカ合衆国を記録する [単行本] / 土本 典昭, 鈴木 ...

全貌フレデリック・ワイズマン――アメリカ合衆国を記録する [単行本] / 土本 典昭, 鈴木 一誌 (編集); 岩波書店 (刊)

 本書はものすごく助かってます。実に充実の一冊。重くて高いが。

 少年裁判というかなりシリアスな世界から打って変わって、こちらはなんともはじけた一本。ニューヨークのど真ん中に位置する巨大公園セントラルパークに集まる人々を描いた作品です。

 私はどちらかというと「少年裁判所」とか「州議会」とかシリアス度の高い作品の方が好みのようですね。そういうシリアスな展開の中にちょっとひねったユーモアが混ぜられていると実にニヤニヤさせられるもんで。

 逆にこれとか「ストア」とか、一連のバレエ作品とか、楽天的で華やかな作品は苦手ですねーもちろんワイズマンは「物事にはいろいろな側面がある」と言っているし、ドキュメンタリーは貧しい人だけを描くものでもない。しかし、明るいワイズマン(笑)はツルツルしてて実にとっかかりがない。

 しかもこの「セントラルパーク」の場合、撮影中ほとんどすばらしい好天で、登場人物は思い思いの格好でのんびりとくつろいでいるものだから、こちらもつられてついウツラウツラとしてしまう(^^;

 「メイン州ベルファスト」のように、あらゆるものを描き尽くした超大作ならば、そこからお互いの関連性を読み解いてやろうという気にもなるんだけど。

 とにかくワイズマンとしてはかなりの異色作で、いきなりタイトル場面にBGMが入りビビります。ワイズマンは基本、絶対にBGMを使わない人なので。

 と、思ったらファーストカットは公園で演奏する人々。ああ、そういうことか。びっくりした。とにかく素材が素材だけにとにかくかなりの比率で音楽が登場します。もちろん演奏しているシーンコミで出てくるんですけどね。音楽シーンで始まり最終カットも音楽シーンで終わるあたりからみても、かなり意識的に編集されているのは確か。

 まあそれでも公園事務局の会議シーンが多く登場する後半はかなり面白い。1930年代に建てられたテニスハウスを壊すかどうかを巡って事務局、ニューヨーク市当局、利用者があーでもないこうでもないとお互いの結構勝手な理屈をぶつけあうシーンはなかなか見ごたえがありました。まあ一見バカバカしいんですが。こういう根気強い議論の中から民主主義は育つのだ、というワイズマンのポジティヴな目線をちょっと感じました。たまにはこういうのもいいよね。
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2011年11月01日

フレデリック・ワイズマン・レトロスペクティヴ「少年裁判所」

 最近、山形でワイズマンの作品を見られることが少なくなりました。なんだかさびしい。そもそも私がワイズマンにハマったきっかけは、第2回の山形で見た「動物園」ですからね。しかし最近は劇場で普通に見られることも増えて隔世の感。とはいえ、劇場にかけられたワイズマン作品は、すべてバレエや舞台劇がらみのものばかりで、本来の彼の姿と少々歪んでとらえられているのではないかと不安。

 しかしそんな状況を打破するべく、現在上映可能なすべてな作品をひっさげ、ワイズマンの大回顧展が挙行されています。問題は、あまりにもバタバタと急に日程が決まったため、見れない作品がずいぶん出てしまったこと。ああもう!

全貌フレデリック・ワイズマン――アメリカ合衆国を記録する [単行本] / 土本 典昭, 鈴木 ...

全貌フレデリック・ワイズマン――アメリカ合衆国を記録する [単行本] / 土本 典昭, 鈴木 一誌 (編集); 岩波書店 (刊)

 とりあえずこの巨大な研究書を購入して飢えをしのぐ所存。

 ひとまず何本かは見られることになったので、わざわざ神戸まで行ってきました。なんで大阪でやらないかなー(怒)

 しかしながら作品そのものは相変わらずとてつもなくてすばらしく、あっという間に時間が過ぎてしまう。今回の件で本当に驚かされたのは、よくもまあ、ここに登場する少年裁判所の被告たちが撮影を許可したものだということ。そもそも日本では公開すらされておらずもちろん撮影などもってのほか。まあ未成年の保護という点から見ればその方が正解なのだろうけど、ワイズマンの視点には「一個人」としての少年たちを敬意を持って一歩引いた視点から見つめる理性があるのも確か。そうでなければ成立しないんですよこの映画。

 先述の研究書でワイズマンは「撮影許可をもらったという事実以外述べられない」と言ってます。まあ、いろいろあるんだろうなあ。実際、公開後に何件か差し止め請求も出たらしいし。

 興味深い未成年がたくさん出てくるのですが、やはり注目は少女に性的犯罪を犯したとして告訴された少年。これがまあ…本当にそれっぽい顔の少年で。いや外見で判断するのはいけないが。しかしその一方で告訴した少女の親の証言もかなりヒステリックで、「ひょっとすると妄想ではないのか?」という疑念すら抱かせる。つまり少年裁判とはまったくの「藪の中」であるのが当然であり、真実を明らかにすることよりは、被告の未成年をどうすれば一番よい形で更正できるか考えるわけですね。

 とはいえその途中で出てくるカットにはなかなか面白いものも多い。これもまたワイズマンを見る醍醐味のひとつですね。少年への精神鑑定の一環としてロールシャッハテストやイメージテストも実施されている。さきほどの少年の場合、「三つの願いがかなうとしたらどうする?」と聞かれます。さてあなたならなんと答えます?この少年の場合

「みんなが神を信じるようになってほしい」(フーン)
「みんなが教会へ行くようになってほしい」(ウソくせー)

 そして…

「あと三つ願いをかなえてほしい」

 …って、オイ!(−−;

 ちなみにこの少年、撮影の終了後に嘘発見器にかけられ、犯罪を白状したそうです(−−;
posted by てんちょ at 03:36| 大阪 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月12日

山形国際ドキュメンタリー映画祭 最終日

 楽しかった映画漬けの日々もこれでおしまい。さみしいなあ…本日は上映自体もぐっと少なくて、かなりさみしかったです。

 大ホール最後の上映は震災プログラムで「東日本大震災東北朝鮮学校の記録」。内容もさることながら、個人的には、先生たちがハングルと日本語をごちゃまぜにして当日の被災の様子を証言していたのが面白かった。その土地でのマイノリティ文化がいかにして継承されるのか、という点からも興味深いですね。こうして文化は混じり合い、オリジナリティを獲得していくのだなと。だからこそ異文化交流は欠かせないんだけど。

 そして当日の大ホールの様子。こんな感じでした。広さが分かっていただけるかな?

SH360041.JPG

 そして小ホールに移動しての2本目。

「アフガニスタンから遠く離れて(10月版)」

 「ベトナムから遠く離れて」という映画もありましたが、それにならい、アフガン戦争に反対する作家たちが集い、オムニバスで作品集を制作しています。これはその編集途中版で、山形でしか見られない貴重なピース。最近あんまり面白くないジョン・ジョストがこういう社会派な内容だととたんに切れ味を取り戻すのがなんか不思議。

 そしてそのあと三時間も空いてしまいましたので、おみやげを買って時間つぶし。この時期山形名物「ナイアガラ」小粒のマスカットみたいなものなんですが異様に安くひと箱700円!2箱背負って大阪に帰ります(^^;

そしていよいよ表彰式。なんかさみしい…

 特別賞 「殊勲十字章」
 超低予算のアイデアが評価されたと。なるほど…

 優秀賞「アブダ」「5頭の象と生きる女」
 「アブダ」がこんなところでもう出てきてしまった。トム・エゴヤンが審査委員長だというのが裏目に出たか…

 最優秀賞 「光、ノスタルジア」
 ★4つつけているのでも分かるとおり私も質はかってます。秀作だとは思う。少々シンドいけどね。どうやらこういう地味めで渋い作品が評価されるのか。そうすると大賞は…

SH360044.JPG

 大賞 「密告者とその家族」
 よりにもよって見ていない2本のうちの片方が取るなんてOTL
 なんというオチ。しかしまあ、となるとどこかで見れるかなあ。

 クロージング上映は土本典昭監督の盟友でカメラマンの大津幸四郎を追った「まなざしの旅」。ドキュメンタリーは人間を撮ること、と思い定めた映画人たちの生き方が非常にじっくりと描き出されており、感銘を受けました。まさしくクロージングにふさわしい。水俣の患者さんたちとの対峙のしかたの誠実さは見習いたいものです。永遠の手本といっていい。

 さてそんなわけで今回もおしまい。いつもより長めに休みがとれましたけど、やはり見ているとあっという間。閉会式で副実行委員長の加藤到さんが言ってましたが、東日本大震災が起きたことで、山形の持つ意味は大きく変わりました。冷静な客観から当事者の視点へ。2年後、どうなっているのかまだ分かりませんが、必ずここに戻ってきたいと思います。それではみなさんまた次回!!
posted by てんちょ at 23:25| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

山形国際ドキュメンタリー映画祭 5日目

 映画祭もいよいよ大詰め。本日でコンペ部門の上映も終了です。名残惜しいな〜

 会期中ずいぶん通った大ホールの入り口。こちらは席数が1000以上あるとあって、いつも満席を心配せずに好きな場所で見られたのがよかったですねえ。手書きのフリップがいい手作り感満点でいい感じです。

山形大ホール.JPG

この日はもうひとつの超大作「何をなすべきか」を上映。これはエジプトのスラムを舞台に、近代化の中で立ち退かされることになった人々の暮らしを生活をともにしながら綿密に描きだしていった群像劇。なかなかの力作で堂々152分の威容を誇ります。ただ、全体として見た場合、フレデリック・ワイズマンのように絶妙な交通整理がなされて隠された一本のテーマがあり、お互いが絡み合って新たな物語を作りだしている、というところまでは行ってないですね、残念ながら。どうやら全5部の超大作の第3部だそうで、確かにそれだけではなんとも…全体を見た方が面白かったかもですねえ。

 さて主会場である山形市中央公民館の方では3本を鑑賞。

 「遊牧民の家」
 ベドウィンの厳しい文化に抗い権利獲得のために戦う女性たちの物語。力強いトーンは大変いいです。しかしこれまた1時間は短すぎて、かえって消化不良のため見ていて辛くなってしまう。
 「星空の下で」
 インドネシアでグローバル化の波にもまれるある貧しい一家の物語。ストーリーの芯がすごくがっちりと作られていて、こういう濃い人間関係はいかにもアジアだなあと共感できます。情に厚いけどグチっぽいおばおちゃん、気が弱く流されがちだけど世話好きの叔父、そして一家の期待を背負い一族初の大学進学を目指す娘…なんだけど、この娘がすさまじく現代っ娘なピッチでおばあちゃんや叔父さんの苦労なんか鼻にもかけずケータイを使い倒しカラオケざんまいの遊びまくる毎日。大丈夫かこいつ…(^^;しかしまあ、日本人の目から見ても「ああ、こういう家庭あるある」という感じで、しかしユーモアたっぷりの温かい描き方がすばらしく、非常に共感を持てました。これは全国巡回時にもお勧めですね。「アブダ」はかなり過激ですが、こちらは誰が見ても楽しめる。
 「アルマジロ」
 これは…どうかな。デンマークの若者たちのアフガン駐留を描いたルポなんですが、カット割りやBGMのつけ方がまるっきりハリウッドの戦争映画で、真面目さがまったく感じられない。治安維持が主目的、といいつつもまるっきりガンガン戦争してますね恐ろしいことに。そこは衝撃的だったんですが、この描き方はどうだろう。ソクーロフの「精神の声」とか、退屈な長い待機と一瞬の惨劇の対比がすばらしかったのに。

 とまあコンペ作品は以上。「監督失格」と「密告者とその家族」が見られなかったのですが、一応13本見ました。やはり初日の「アブダ」が頭一つ抜けてるなあ。毎回投票している観客賞では、ひとつ見るたびに5段階の絶対評価で投票するのでなかなか全体像が見えず難しかったのですが、今になって相対評価で採点してみると…

 「アブダ」★★★★★
 「アルマジロ」★
 「日は成した」★
 「殊勲十字章」★★
 「川の抱擁」★★
 「失われた町のかたち」★★★
 「ネネット」★★★
 「遊牧民の家」★★★
 「光、ノスタルジア」★★★☆
 「星空の下で」★★★★
 「飛行機雲(クラーク空軍基地)」★★★★
 「何をなすべきか?」★★★☆
 「5頭の象と生きる女」★★
 
 ☆は2分の1ってことで。明日の表彰式が楽しみです。

 本日はあと、アート・ドキュメンタリーの「白い迷路」を見ました。オランダ在住のピアニストにしてアーチスト向井山朋子の白い服一万着を吊したインスタレーションの制作ドキュメントを、友人のアリオナ・ファン・デル・ホルストが撮影しています。月経と妊娠をテーマにしたなかなか生々しいフェミニズムアートで、結構強烈でした。それにしてもそんなにもほしいものかなあ、子供。うちは結局作らずじまいだったんでよく分からないや。

 さて、本日は比較的ゆるいスケジュールということもあっておみやげを探しながら山形市内を散策。そこで見つけた変なものを紹介。

ジャンプ芭蕉.JPG

 山形といえば奥の細道、奥の細道といえば芭蕉…ってことでスタンプラリーがされているんですが、なにこのジャンプマンガみたいな芭蕉。コレジャナイ感満点。

 そして大ホールそばの池にあった立て看板。

入るな危険.JPG

 言わんとすることは分かるんだけど、嫌がる子供を池に突き落とそうとしているようにしか見えないんですけど(^^;
posted by てんちょ at 00:13| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月11日

山形国際ドキュメンタリー映画祭 4日目

 本日は久々に実験映画仲間の人に会って香味庵で飲みました〜本当はこれも山形の楽しみ。まあ、行ったはいいけど誰も知り合いがいないと悲しいだけなので(^^;今回も香味庵参加かなったのはうれしいうれしい。

 というわけで本日はちょっと簡単に。

 本日はコンペ作品、短めのものが並びました。んで、なぜか短いものは長いものよりも見ていてシンドいんですよ…なんでなんだろ。

 「BETWEEN YESTERDAY & TOMORROW」

 日本プログラムの特別上映作品。実はここで見ることができます

http://solchord.tumblr.com/

 でもスクリーンでまとめて見るのはなかなか刺激的でした。まず前の日に前半のナレーションを作り、翌日に映像を撮り、最後にその翌日に後半のナレーションを作る。日時とそのずれについていろいろなことを考えさせられます。

「銀鉛画報会」

 消えゆく8ミリフィルムを使った表現の模索。なんと本当に8ミリ映写機で上映されました。どうやって映写されたかというと、こう(笑)

SH360036.JPG

 後ろの人見えへん、ちゅうねん(^^;

 まあ、でも8ミリは使い勝手は悪いですけど質感がいいですよねえ。家の冷蔵庫にしまいっぱなしのやつを使って撮ってみようかな。

 コンペ作品
「殊勲十字章」
 ベトナム戦争体験を得意げに語る父のインタビューをシニカルに再構成。アメリカ人のいい加減なこの楽天性のせいで大虐殺が起きたのだな、と納得。コンセプトはよいのですが編集が非常に悪い。たった1時間の作品なのに、見ていて大変に苦痛。

「ネネット」
 フランスの巨匠ニコラス・フェベールの新作。フランスの動物園に暮らす40歳の高齢のオラウータンのドキュメント。画面に映っているのはずっとオラウータン、そして音声は見ている観客や飼育係の声。アイデアはいいのですが、やはりそれで70分押し切るのはしんどい。

「川の抱擁」
 殺害された死体の処分に使われた南米の河の記録。内容はショッキングですが、あまりに淡々としているので、ほとんど寝ていました。

「日は成した」
 自宅のベランダから見た光景、煙突の煙や流れていく車のヘッドライトなどを詩的に撮ったショットに留守番電話の音声がかぶさり、ひとつのエピソードを作る。悪くはないけど、これ、日本の実験映画がとっくの昔にやったことだから。中島洋とか鈴木志郎康とか。おそるべきは8ミリでも16ミリでもなく35ミリを使ったことで、画面はすこぶる美しいけど、完全な機材の無駄使い。

posted by てんちょ at 03:14| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月10日

山形国際ドキュメンタリー映画祭 3日目

 本日最大の作品はなんといっても4時間半の超大作「飛行機雲(クラーク空軍基地)」まずは物量に圧倒されましたね。実は中身はちゃんと詰まっていて見せ方もうまいので、見ること自体はそれほど苦痛じゃないです。途中15分の休憩もあるし、二本立てと思えばそんなもん。

 山形のコンペ過去作品では、6時間と9時間の作品がグランプリを取ったこともあるので、こんなの軽い軽い(笑)

 軍事基地の弊害を巡る話かと思いきや、フィリピンですから実は米軍は撤退しており、その後に火山の噴火から避難した人たちが残された有毒物質に苦しめられているという現状があるのですね。ところがフィリピン政府は「立ち退いてもらう代わりに後で文句は言いません」と協定を取り交わしてしまっているため米に文句が言えない。まさしく身動きのとれない状態が19世紀末の米比戦争から語り起こしてていねいに描き出されていきます。フィリピンと米の植民地戦争、実は米が勝手に勝利宣言してその後も散発的に発生し続けた独立闘争を無視しており、実はいつ収束したのかよく分からない。法的には今もアメリカとフィリピンは戦争状態だったりするのです。知らなかった。私たちが知らないのも道理、実はフィリピンでもあまり教えられていないそうです。歴史から入念に語り尽くすこのスタイル、どこかで見たことがあるなあと思っていたら、水俣病の土本典之監督へのオマージュが末尾に添えられていました。なるほど!
 久々に見た公害映画の力作でした。個人的には評価しますが、うーん、でもアブダには負けるだろうなあ、正攻法すぎて。

 映画祭の常連ジョン・ジョストの新作「失われた町のかたち」もインコンペしておりましたが、やはりこの人の作品は第一回インコンペの「プレーントーク・アンド・コモンセンス」が衝撃的で、それ以降のものはどうもおとなしすぎる。今回も失われつつあるリスボンの情緒ある町並みを風景画のように凝った固定ショットで次々と切り取っていきますが、それだけなんですね。同じ手法を取りながらはるかに過激な境地にたどりついている「アブダ」にはまったく及ばない。うーん、こうなると「アブダ」大本命がますます固まって来た気が…

 「5頭の象と生きる女」は、ソ連から逃れてドイツに亡命したドストエフスキー翻訳家の女性の生涯を描いたものですが、あまりにも重厚に描きすぎで見るのが本当にしんどかった。たった93分しかないんですけどねえ。映画は時間じゃないってことでしょう。特にドキュメンタリーは。

 この後レイト上映で「311映画」特集をもう1プログラム見ました。みんなバラエティに飛んで面白かったんですが、やはり最後の「なにゃどら」が一番良かったですね。柳田国男が記録した陸中・小子内の盆唄のドキュメンタリーなんですが、9分どおりできた段階で震災が発生、映画でカメラに収めた人々の震災後の姿が付け加えられています。しかしここも10メートルの防潮堤、何の役にも立たなかったんだなあ。とはいえ先祖の言い伝えに従って高台へすぐに逃げ、死者ゼロで済んだというのはすごい。映画に記録された豊かな漁港は完全に破壊されてしまいましたが。それでも残された漁具でウニ漁に出かける人々。92歳のおばあちゃんが震災後もかくしゃくとワカメとりを続けているのには絶句。すごすぎる。
posted by てんちょ at 01:55| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月09日

山形国際ドキュメンタリー映画祭 2日目

 本日はコンペなし。午前中は審査員作品の「永遠のハバナ」…しまったこれ過去に見てたよ。続いては王兵の新作「名前のない男」。100分と比較的常識的な上映時間ですが、内容は今回も過激。登場人物は一人だけ、セリフゼロ。荒野で誰とも会わずに洞穴で暮らす男を追います。それにしても、都市ではなく無人の荒野でホームレスやるって、どれほどの強靱な精神なんだろう。
 
 この後は比較的ゆったりしたプログラムと思っていたら、結構たいへんだったなあ…本日メインの会場は今回新たに選ばれた山形美術館。周囲にまったく食べるところがないんですよ。遠出するには難しい休憩時間で苦労しました〜

 しかしそれでも行ったのは「本多猪四郎特集」があったから。

 あれ、ドキュメンタリー映画祭じゃなかったっけ…

 でも、本多監督は山形の出身なんです。そして今年は生誕百周年。しかももともとデビュー作はドキュメンタリーで科学映画が得意だったらしいんです。前回からめったに見られない作品が続々と上映されていたらしい。ああ…行けばよかった。

 今回は、映画監督協会がまとめたインタビュー記録「わが人生 本多猪四郎」と「空の大怪獣ラドン」そして初期の異色作「南国の肌」の3本。トークショーもあり、中島紳介氏、大森一樹監督、そして息子さんの本多隆司氏が出席されました。

isirou.JPG

 終始なごやかに温厚だった故人をしのばせる内容がほほえましい。科学ニュースとか熱心にチェックして、作品に反映させてたんだそうで。なるほどなあ。黒澤明とは「師友」と称していたそうです。師にして友。いいなあそういう関係。

 そして、実は本人にとって会心の作品が「ゴジラ」ではなく「ラドン」であったという驚きの事実。「ラドン」なんてこれまで見ようとも思っていませんでしたよ。実はイギリスとかで評価が高いんだそうで。まあ、35ミリフィルムで見る機会は確かにめったにないので、見てみました。

 愕然。こんなにすごい作品だったんだ。もちろんフィルムで見るからこそ感じる衝撃というのもあるんだろうけど…大森監督が指摘してましたけど、DVDだと見えてしまうピアノ線がフィルムだとまったくわからない。いやそれ以上にCGでは絶対に再現できない、重量感たっぷりにぶわっと飛ぶラドンの迫力がすごい。そして突風に煽られて瓦が吹き飛びゴロッゴロッと重さを保ったまま乗用車が転がり飛んでいく。ぺしゃりと踏みつぶされて壊れるミニチュアとは苦労がまったく違ったはずで、会心の出来だった特撮との自己分析に納得。

 そして傷つき倒れ、木の葉のようにラドンが崩れ落ちるラストシーンの見事さ。怪獣の散り際の切なさという意味ではゴジラをしのぐかもしれない。フィルムで見れてよかった…「ゴジラの逆襲」は先日フィルムで見てガッカリだったんですけどね(^^;
posted by てんちょ at 01:10| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月08日

山形国際ドキュメンタリー映画祭2011 1日目

 二年に一度のお楽しみ、山形国際ドキュメンタリー映画祭に今回もやって参りました。本日からしばらくは、山形からの更新です。ネットカフェに潜り込んで書き込みしていたりしたこともあったんですけどねえ。今やホテルの部屋から悠々と書き込みができる。いい時代になりました。



 さて今回もコンペ作品を中心に、空き時間で企画を拾っていくという基本方針は変わりません。まあ、会場が増えてその一方で21:00からのレイトプログラムが減ったのは実に痛い。レイトプログラムはいい落ち穂拾いになったんだけどなあ。

 まあ気を取り直して参りましょう。

 「光、ノスタルジア」パトリシオ・グスマン(チリ)
 星空に一番近い場所、天文台の集まるチリ・アタカマ砂漠の物語。最初は天文ネタの話が満載でこれはSFネタかと大興奮。でも途中からそのアタカマ砂漠に独裁政権が虐殺死体を埋めていたという話になり、あてどもなく遺骨を探す遺族の悲しい話が語られていきます。非常に力作で見事なんだけど、天文台の話は話で一本見たかった。

 「アブダ」和淵(中国)
 ここんとこ山形を席巻していた王兵もすごかったけど、中国からは今やとんでもなく尖ったドキュメンタリストが出てくる定めのようです。これはまた尖った映画だなあ。山深い土地で父を介護しながら暮らす年老いた男。「ずっとオレがついてなきゃならないんだ。ろくに外にも行けやしない」というセリフが後から出てくるので分かるとおり、ほとんどの場面は一部屋しかない薄暗く汚れた室内での父と子の会話。しかも頑固なまでにカメラは動かず、ひたすら固定ショットで画面をとらえ続けるものだから、時には画面上から誰もいなくなり、汚れた下着が散らばっている場面だけが延々と写されたりする。しかしそれでダメな映画なのかというとそうではなくて、どうやって撮ったのかと首をひねるほど、薄汚れた室内が信じられないほど美しい。好みは別れるでしょうが、たぶん今年の大本命でしょうね。今までの傾向から見ると。

311映画特集「ともにあるCinema with US」

 こちらはこちらで毎日何本も上映されてます。DVの普及のせいか、本当に膨大な数の作品が撮られたんだなあ。自分でもビデオまわしている人間が言うこっちゃありませんが。悩み抜いて本日三つ目のプログラムだけ見ました。もちろん満員。

「2011年3月18日」アニエス・ワイルダー
 津波で行方不明になった友人を探す旅。こういう光景が被災地では数限りなくあったんだろう。

「二つの悲劇」掛川正孝
 津波と原発事故によって壊滅的な打撃を受けた福島スローフード協会を救うべく東京や沖縄の仲間が起ち上がる。スローフード協会で放映するために作られた内輪向けのビデオですが、食の安全という側面に絞った描き方が興味深い。農薬や添加物を廃して無農薬有機栽培にこだわって農業を続けてきた人たちにすれば、放射能が含まれている可能性のある作物を出荷するなんて論外。でも農業は続けたい。その辛さがひしひしと伝わってきます。

「私たちにできたことできなかったこと」岡崎孝
 監督は地元新聞の記者。仕事の合間にあちこちで見かけた手書きの看板や注意書き・ポスターなどから、簡単な善悪で割り切れない、被災地の混乱・その人間的な営みを静かに見つめていこうとする姿勢が大変共感できます。いや、それ以前に決して不謹慎ではない、人が生活する以上必ず生まれてくるたくまざるユーモアを温かく見つめる姿勢が非常に好感が持てました。三本の中では飛び抜けて面白いです。

「島ーいまキューバから」
 映画祭名物となったシマ映画特集、今回もやります。精神的・地理的離島に自在な視点からアプローチをかけるこの企画、今回ターゲットとなったのはキューバ。なんともまあ、膨大な作品を集めたものです。見たいけど…全部見るのは到底無理。というわけでこちらも1プロだけ

 「彼女」テオドール・クリステンセン
 「キューバのみなさん、こんにちは」アニエス・ヴァルダ
 私が見たプログラムは、外国からキューバを訪れた監督たちの視点を集めたもの。やはりスチルカメラだけで独特のリズムを作り上げたヴァルダがすごい。
 
 
posted by てんちょ at 01:47| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月26日

「イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ」

 本日は久々に映画をば。行ってきましたよ〜ストリートアートの巨匠バンクシーの初監督映画。アップリンク配給らしい実にトガったドキュメンタリー映画で、現代アート好きなら必見。



 今時珍しい覆面作家で、映画にも悪の首領みたいなフードをかぶって登場するのには笑った。んで、普通ならバンクシーの生涯と作品が語られることになるはずなんですが、語られるのはなぜかバンクシーの映画を撮ろうとした男の物語。バンクシーはこんな絵を描いてます。

Wall and Piece [単行本(ソフトカバー)] / Banksy(バンクシー) (著...

Wall and Piece [単行本(ソフトカバー)] / Banksy(バンクシー) (著); 廣渡 太郎 (翻訳); パルコ (刊)

 あははずいぶんとひねくれたフェイクドキュメンタリーだなあと笑いながら見ていたんですが、だんだんシャレにならない展開になってきて「これは本当にウソの話なのか?」とだんだん不安になってくる始末。うーんこのあたり実に巧妙ですね。しかも最後に出るクレジットは登場人物が全員実在することを前提とした正規のドキュメンタリーと同じスタイルのもの。

 ストリートアーチストが続々と登場します。しかしこれらのアーチストが実在するのかどうかというとくわしくないのでぜんぜんわからない。街角の壁にインベーダーやパックマンの絵をタイルで組み合わせて表現する「インベーダー」なる画家。いるの?いかにもあまりにもいそうなのでウソくさいなあと思ったり。特に最後に登場するウソくささは尋常じゃないんですが、すました顔で「全部真実です」と断言して終わってしまう。しかもパンフなどは特に発売されておらず、公式HPにも何も書かれていないという徹底ぶりなので、真相を知る手段はない。

 これは確信犯だなあ。DVDが出るときどんな形になるやら。買ってしまうかも(^^;
posted by てんちょ at 02:43| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月05日

「アトムの足音が聞こえる」

 キュッキュッという不思議なアトムの足音。この世ならざる音をありものではなく、人工的なノイズを加工することでゼロからつくりあげていった男、大野松雄。作品にクレジットが残るのは「旧アトム」と「旧ルパン三世」のみですが、アニメ史に遺した足跡はとてつもなく大きい。これは、そんな彼の世界を振り返るドキュメンタリー。



 現在大阪で上映中なので見て来ました。なんだかすごくワクワクする。そう、映画の中に出てくるあの音もこの音も聞いたことがある。ロボットや宇宙船が飛ぶ時の音。ミサイルが発射される時の音。そんなものは誰も聞いたことはない。だからみんな彼がゼロから作り出した。彼は「ルパン」でアニメ界を去ってしまうけど、現在もガンダムからサザエさんまで、弟子たちが彼の蓄積の上に膨大な世界を積み上げていった。それが「音響効果」という、新しい時代の職人たちなのでした。

 当然、それは「音響の演出家」である真下耕一にも大きな影響を与えています。音を投げっぱなしにせず、自分の演出する世界に回収していったのが真下の新しさでした。まあそれはさておき。ここで語られるのはパイオニアである大野松雄。

鉄腕アトム・音の世界 / 効果・特殊音 (CD - 2009)

鉄腕アトム・音の世界 / 効果・特殊音 (CD - 2009)

 当然それらの音はシンセサイザーで作られているんだろうと思いこんでいたのですが、実はなんと発信機とテープレコーダーを組み合わせ、ハウスのDJのごとくに様々な自然音を録音したテープをスクラッチ状に手回しで回転させながら人工的な音声に加工していく。キュッキュキュキュッキュッという感じの音、いかにも人工的だけどどこか温かい。そんな音は、途方もないアナログでフリージャズのような演奏方法によって作り出されていたのでした。当時の武満・富田などのシンセサイザー作曲の数学的な厳密さとは似て非なるフリーなスタイル。30年以上が過ぎ去っても、まったく古くなっていないことに驚かされます。

 アニメ界を飛び出した彼が手がけているのは、精神障害者の演劇と、ステージ上でのサウンド演奏。まったく違うことのようでいて、どこか自由につながっていくところがなんともおおらかですばらしい。八十歳を超えても実にダンディなクリエイターぶりは今なお健在。あまりのかっこよさにしびれました。30年を経てもスタイルはまったく変わらずオープンリール+発信機。でも、まったく古びていないし、いまだに斬新に聞こえるというのは本当にとんでもない。当時のアナログシンセ音楽が時代の産物として資料としてしか聞けないのとは好対照です。

YURAGI #10 / 大野松雄 (CD - 2011)

YURAGI #10 / 大野松雄 (CD - 2011)

 そう。彼は今なお京都に居を構え、新作アルバムを発表し続けている。なんというモダン。なんというダンディ。パイオニアでありなおかつ最先端。こんな人がすぐ近くにいるということに幸福を感じます。次は絶対、コンサート行こう。
posted by てんちょ at 03:39| 大阪 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月13日

四つのいのち

 大雨の中、映画行ってきました。イタリアのつま先、カラブリア州を舞台にした物語です。



 老人→子ヤギ→樹→炭

 という奇妙な循環を一切言葉を使わずに描いた作品、ということで、これは相当変なんじゃないかと期待して見に行った次第。結論から言うと…うーん。意外と普通でしたね。もっと「風が吹けば桶屋が儲かる」的な妙な話なのかと思っていたんだけど、田舎のシンプルでエコな生活を讃えた作品だった。

 実際見てみればなるほど、と納得できるんだけど、これ日本で企画したらドキュメンタリー映画になってしまうなあ。これをあえてコントロールし尽くしたドラマとして成立させるのがこの作品の妙味。実際、映像は溜息が出るほど美しい。

 ヤギはなかなかかわゆいしね。見る価値は十分にありますね。ただ、もっと奇怪な何かを期待させる予告編だっただけにちょい残念。まあ、自然のおおらかさとおかしさ、そういう側面は評価されていいと思う。
posted by てんちょ at 03:06| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月02日

「インサイド・ジョブ 世界同時不況の知られざる真実」「100,000年後の安全」

 というわけで一気に2本見てきました。「プリキュア」でも「仮面ライダー」でもなくてすまん(笑)まあ、どちらも割と短いんですが。両方ともドキュメンタリーです。普通の映画館で割とかかるようになったなあ。そしてこの2本をまとめてみると、人間の本質について結構わかってくることがある。

 ではまず一本目。「インサイド・ジョブ」。マット・デイモンがナレーションをしているので分かるとおり、非常にコンパクトに分かりやすくまとめられたアメリカ流金融危機告発映画。



 朝9時5分なんて過激な時間設定のせいか映画の日だというのにガラガラ。場内は、経済学の本持った中高年ばかりでしたけど、別にそういう人でなくても分かるビジュアル経済学。んでまあ、映画のキモは、誰も見ていないなら人は好き勝手なことをする、お金を受け取ってしまったらその人は黙る。そんなシンプルなメカニズムで経済システムが崩壊してしまった。

 でも、これある意味で人間の本質ですよね。そして、どこかでこの原理は見たことがある。そう原発事故。たとえ放射能汚染のまっただ中にあっても「原発出ていけ」とは言えない福島の人を思い出してしまった。

 そしてもう一本。「100,000年後の安全」。こちらは原発における放射能廃棄物の貯蔵所を描いたフィンランドのドキュメンタリー。



 放射能が人体に無害になるまでの期間はざっと10万年。そんな先に人類がどうなっているか、地球がどうなっているか、誰にも見当もつかない。だって10万年というのは古代より現代までの人類の歴史そのものに匹敵するのですから。

 ところがそんな気の遠くなるような未来のことには目をつぶって、人類は原発の廃棄物を埋設することにしてしまった。金融危機と構造はまったく同じ。とりあえず目先の利益を確保することが大事で、先のことは知らん、まあ何とかなるんじゃないの…という。

 実際、監督に問い詰められて、真面目に答えるうちに、どんどん回答がSF的になっていく貯蔵所の所長の言葉がなんだか哀れ。でもまったく目をつぶって無視しているわけではなくて、一応話し合われてはいるのだなあ。

 主要六ヶ国語で「危険 立ち入るな」と記した石のオベリスクを四方に配し、絵でも危険を説明。中央にはより詳しい石壁に刻まれた資料室を設置するらしい。…って、それまるっきりSFなんですけど。すごいお宝だと思って調査してみたら「立ち入るな」だったと手遅れになってから分かる、という話、よくありますよね。

 そのころ、現代と同程度か優れた文明かどうかは不透明で、後退している可能性もある。でも中世の技術でもひたすら地下数百メートルまで掘り進むことは可能で、まあ、「危険」と書いたところでそれを素直に受け入れてくれるかどうか。むしろそんなことなら警告文を設置せず自然に埋もれるに任せた方がいいんじゃないかという説もあるそうです。でもそれは無責任だと反論が。まあそうですよね。

 じゃあ、なんでこんなもの作った、という堂々巡り。すべては目先の利益のため。人間の哀しさをかみしめたくなる2作品でありました。
posted by てんちょ at 01:54| 大阪 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする