2012年11月03日

「夢売るふたり」

 最近では「最強の二人」の方が有名になってしまっていますが、これも立派なヒット作。上映が終わるってことで慌てて行ってきました。



 実はこの監督さんの西川美和が大好きで。前回の「ディア・ドクター」なんて心底惚れましたけど。ただ今回はそこまで面白くなかったかなー尺も少々長かったし。結局前回面白かった原因は主演の鶴瓶なんですかね。今回も鶴瓶が出てるんですが、ラスト30分ぐらいになってやっと登場、そしたら断然面白くなるんですから。

 たぶん今回は刑事なんじゃないかと思いながら見てたら探偵役でした。なるほどね。いい感じで予測を外してくる。んで今回の教訓はというと「やっぱり浮気はよくない」という感じですか。家族持ちには結構恐ろしい話でした。つまり、心の支えだった店を火事で失った阿部サダヲが心を弱らせた挙句、お得意さんのおばさんと傷を舐め合うような浮気をして奥さん(松たか子)に感づかれ、店の再建資金を稼ぐために結婚詐欺を強要されるという。それも妻から。ぐらぐら煮立った風呂に漬けられてすごい目で睨まれて自白を強要されるシーンなんておそろしいのなんの。うん、浮気はよくない(^^;

 妻が割り切ってたらいいんだけど、自分から強要したくせに勝手に嫉妬をたぎらせるから松たか子が本当におそろしい。どーしたらいいねん、って話ですよね。
 そして松たか子の嫉妬が原因でとうとう破滅が訪れてしまう…ただ、結末部は相当に無理があるしファンタジーとして割り切るのであれば前回の方がよっぽどキレイなオチ。今回は少々意味不明で散漫な終わり方になってしまいましたね。そこはなんとも残念。
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2012年11月02日

「これは映画ではない」

 最近バタバタと映画を見てますが、これはなかでもかなり変り種。イランの作品です。



 イランといえば、現在狂信的超保守の大統領のおかげで国が大変なことになってます。もともとは開明派のハタミ政権などがあったおかげでキアロスタミやマフマルバフなど独特で優れた映画監督が多数輩出していたのですが、いまや見る影もなし。無念です。

 そんな元映画大国で、20年間映画を撮ることも脚本を書くことも禁じられ自宅軟禁状態に置かれているジャファール・パナヒの新作。いや、新作とはいえないのか。

 なんと自宅で密かに撮影した作品を菓子箱に隠して国外に持ち出したという決死の作品。

 とはいえ監視下で俳優を呼ぶこともできないので椅子やクッションをセットに見立て、脚本を読み上げながら「撮ることを許されなかった作品を再現」しようとする、というのだからものすごい。

 そして外の世界では花火大会の騒ぎに乗じて反体制派が抗議を繰り広げている…

 こんな馬鹿げた体制がいつまでも続くはずはないと信じたいです。イランに一日も早く自由が取り戻されることを祈りつつ…
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2012年10月29日

「危険なメソッド」

 今日はお休み。たまってる映画でも見に行くか〜と思ったんですが。日曜日ってことはきっとまどマギ後篇はいっぱいのはず。というわけでこのクローネンバーグの新作に。



 ただでさえ劇場アニメが山と公開されてるのに何が哀しゅうてこんな地味映画を、とか言われそうですが、いやまあ、だから二週間で打ち切りになると困るし(^^;

 でも同じことを考えてるクローネンバーグファンが多かったのか、劇場はそれなりに満杯。まあよく考えれば、フロイトとユングの確執って有名だけどあまり映像化されてない。どちらも固定ファンがついてますし。クローネンバーグの映画としてはこれでも相変わらず近年突っ走ってる地味路線ですけどね。

 もうSFに戻ることないんだろうか。個人的好みとしては「裸のランチ」「クラッシュ」あたりが頂点です。文藝路線としては「マダム・バタフライ」とかもいいんですけどね。

 それにしても、実際に映画になったものを見て、なんで映像化されてないのかよくわかりました。ユングとフロイトの精神医学論争が延々描写される場面を見てると、さすがに眠くなるんです(^^;

 ユングがオカルトに転ぶあたりは少し面白かったけど、前フリもなく唐突だったから、ちょっと戸惑いました。これ、基本的にはユングが主人公で、患者の女(後に有名な女医となる)とユングとの三角関係のドラマでしかない。ちょっとがっかり。ユングが「人類の共通記憶」やUFOに踏み込んでいくあたりはもっと掘り下げると面白いのに。

 ただ、これ周囲の人間まで本当に全員実在の人物で、かなり実録に近いドラマなんですね。それは知らなかったので驚いた。結局印象深かったのはエロシーンのみ、というのはちょっと残念だったかも。まあ、クローネンバーグは本当に官能描写はうまいなあといつも思います。ただ、クローネンバーグの映画を見に来ているんだから、もうすこしプラスアルファがほしいです。物足りない。
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2012年10月08日

京都映画祭「一殺多生剣」「忠次旅日記」

 まさしく至福の体験でした。井上陽一さんの活弁で「忠次」を見ることができるのは本当に滅多にないことなので、きょうこの場にいることのできた幸運をかみしめるばかり。



 東京映画祭でやったときだって、井上さん、他の人とリレーで半分しかやってないんですよ。それがこの日は休みなくほぼ2時間大熱演。関西弁士ならではの七五調の朗々と謳いあげるような口調にのって語られていく忠次の世界が独特の色艶をもって輝きだすのは実に感慨深いものがありました。

 もう何度目だっけ。四度目?そのたびに新たな発見がある忠次ですけど。ニュープリントかと思うほどに見違えるほど美しくなったレストア版を劇場で見るのは初めて。「衛星劇場」の放映版も十分美しかったですけど、やはりフィルムは違う。思わず「ほう」と溜息が出てしまいます。

 個人的には日本映画史上ベストワンに挙げている作品ですが、今回をもってようやく「ちゃんと観られた」という気がしました。これを超える体験というと三部作まるごとが発見されることでもないと起きないだろうなあ。血笑篇とかはどこかにありそうな気が。

 そして今回ついに公開された「一殺多生剣」。やはりネットオークションで出ていたバージョンだったようです。だから伊奈精一『おゝ妻よ』、 衣笠貞之助『唐人お吉』も同時に収蔵されたということ。ただし、フィルム状態は激烈に悪く、「忠次」よりもさらにひどい。ほとんどボロボロに崩れる寸前。そっとはがしながらひとコマずつ撮影していったとのことで、画面はガタガタ、傷だらけ。特にクライマックスシーンが傷だらけで何が映っているか判読するのに苦労するほど。

 ですが、編集は伊藤大輔本人によるものだそうで、撮影台本とつき合わせてみると、たった4分の1しか残っていないのにほぼ全体像がわかるという驚異的なものでした。同じぐらいしか残っていないのに一部のエピソードが駆け足で描かれるのみの「斬人斬馬剣」とはだいぶん印象が異なります。当日配られた撮影台本にもとづくオリジナル版のアウトラインと比較してみると、脱落している要素がほとんどなく、語り草だったラストシーン「ああ…新しき時代の世が明ける」という名台詞の字幕は本当にジーンときました。それに井上活弁が乗ればそりゃあもう無敵です。

 史実では愚連隊同然だったらしい彰義隊ですが、あえて政府軍を悪役に仕立て、滅び行く武士を郷愁をもってえがいたのは、反体制思想を込めた当時の伊藤大輔監督の信念だったんだろうなあ。

 ちなみに、これ当分公開はないようです。京都映画祭だから特別に公開されたものの、この通り傷だらけでガタガタ。ここから根気強くデジタルレストアしていくしかない。もちろん、その作業をすればかなりキレイになる目算はあるようで、「ちょっと待ってね」というところでしょうか。私もレストア版出たら見返してみたい。
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2012年09月28日

「眠れぬ夜の仕事図鑑」

 「いのちの食べかた」のニコラウス・ゲイハルター監督の最新作。やっぱりあれは本当にセンセーショナルだったってことだなあ。今回も注目度がすごい。文字通り「夜の仕事」を集めた映像カタログ。どうせなら前回同様、台詞も排除してしまえばさらに衝撃的だったのに。そこは残念。



 今回も撮影の凝りかたは尋常ではなくて、巨大ビアホールをびっしり埋め尽くした人に隅々までピントが合ってるのには度肝をぬかれました。しかもそれに続いて、その人の海の中をすいすいとわたっていくウェイターの後ろからぴったりくっついて突っ切っていくカメラ!

 本当にバラエティ豊かな職業の人々が登場し、夜のお仕事といえば夜警さんや飲み屋のマスターだけではないことがはっきりしていきます。まあ、それでもメンテナンス系とサービス系のお仕事が多いことには気付いた。その並べ方には結構悪意があって、ローマ法王の後に売春婦が出てきたりするのはなかなか意地悪です。

 それにしてもいいんだろうか。売春婦はモロにエロいシーンが映ってしまっているんだけど、お客さんは全世界で自分の行為を見られることに同意したんだろうか。勇気あるなあ。

 今回不満といえば不満なのが、それらの映像がカタログにとどまっており、「人が夜働くことの意味」という部分までには至らなかったこと。人が夜働くことの不自然さは何をもたらすのか。そこが見たかったですね。

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2012年09月25日

「プロメテウス」

 鳴り物入りで登場し、腰砕けで去っていくことになりそうな話題作(笑)さすがにもう終わりそうなので見てきました。こんなのばっかりやな。



 まあ、あまりに散々な評判なんで見るのためらってましたけど、1800円分の価値ぐらいはあります。画面はそこそこ作りこまれてて、見ている間はそれなりに退屈しない。とはいえ、これはちょっとなあ。

 リドリー・スコットといえば「エイリアン」と「ブレード・ランナー」でSF映画に決定的な革新をもたらした伝説の演出家。ところがそれ以降SF映画を撮ることがなく、微妙なアクションばっかり撮ってました。SFファンとしてはどうにも複雑な気分。そこに久々のSF新作が!となれば期待するなという方が無理でしょう。

 まさか自己パロディ的二番煎じを見ることになろうとは。これ、本来は「エピソード0」として企画されたものの、実際に作ってみたらあまり面白くない。じゃあシリーズものであることを隠して売ったら客をビックリさせられるんやないか、と不順な動機が透けて見える展開です(笑)

 びっくりなんかするわけない。どんな鈍い人でも中盤ぐらいには察しがつきます。だって洞窟の中ギーガー祭りなんだもん。びっくりさせたいのなら、ギーガー美術をギリギリまで隠さないと。洞窟に入れるというのはいいアイデアだったと思いますが、どうやったら「1」につながるか、というとかなり破綻があちこちにある。スペースジョッキーは操縦席で腹破られないと駄目だし。宇宙船の廊下でじゃないぞ。あと、彼らを「兵器」として使ってました、というのはさすがに無理。どうやって戦わすの。あんな忠誠心の欠片もない生き物。

 地球人を宇宙人が作った、というのはDNA時代にはほとんど通用しない理屈で、それは映画の中でもツッこまれている通りであり、そこをあえて採用するのであればなんか仕掛けがないと無理ですね。

 …なんかリドリー・スコットが今までSF映画を撮ろうとしなかった理由がわかってしまった。「あれ以上のものを作るのは無理」ってことなんだろうなあ…
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2012年08月22日

「クレイジーホース・パリ 夜の宝石たち」

 本サイトでも何度も取り上げていますが、わが敬愛する世界最大のドキュメンタリスト・フレデリック・ワイズマンの最新作が公開されたので見に行ってきました。いやー引越しのごたごたできわどかったんで、間に合ってよかったですわー



 ワイズマンの映画は大きく2系統に分かれていて、「州議会」や「少年裁判所」などのありふれた施設を通して社会を多角的にとらえシニカルな全体像を描き出すスタイル、もうひとつにはひたすら自分の好きなダンスを入念に描くスタイル。最近日本で劇場公開されているのは後者が多いんですが、私は別にダンスが好きではないので…主に前者が好みかなあ。

 しかし、こと今回に限っては面白かった。もちろんナレーション・インタビューなしのワイズマンスタイルは今回も貫かれていて、ただステージショーを描いているだけに音楽は豊富で見ていて飽きませんでした。

 それにしてもちゃんと見たのは今回が初めてなんですが、クレイジー・ホースのショーってこんなにオシャレなんだ。ミもフタもない言い方をすればただのストリップショーなんですが、ギリギリまで洗練させて小道具と照明に凝りまくると、こんなにもアートな世界が誕生してしまうってわけです。観客の大半がエロいオッサンではなくカップルというのも納得。

 しかも踊子たちはギリギリまで鍛え上げているので白人にしては胸も尻も小さく、おそろしくストイック
。原色のキツい照明を当てて時に人体をスクリーンにして映像すら投射するので、エロスよりもアートが大いにかきたてられてしまう。そのあたりの微妙なギャップが不思議な味を引き出していて、いつものバレエ映画のように眠くなったりはしませんでした。

 これは確かに面白い。ただ、ワイズマンは基本ダンスが好きすぎる人なので、ダンスを批判しようという気はさらさらなく、結果としてかなり毒気の少ない展開になってしまうのは残念。次はやはりいつもの題材がいいなあ。どうせなら「ホワイトハウス」とか「ペンタゴン」をワイズマンスタイルで撮ったら面白いんだけど。無理か。
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2012年08月17日

「仇討」

 いやーやっと荷解きが一段落。自分の部屋がこんなに広かったのかと実感(ヲイ)

 ともかくも、これで少しずつ通常体制に戻れるかな。

 さて、少し話が遡りますが、夏コミ時にハシゴしてきたところをちょっとずつ書いていこうかと思います。まずは初見参のフィルムセンター。そう、こういう古い映画マニアやってる割にはフィルムセンター行ったことなかったんです。京都に文化博物館もあるし。

 本当は無声映画の活弁でも味わってこそのフィルムセンターですが、それは来年冬ぐらいかなあ。二月に東京行く時はなんかめぼしいものがあるといいけど。

 とはいえこの作品も実は結構珍しい。DVDも発売されてませんし。今井正の時代劇といえば、一番有名なのはこちらなのかな。



 でも本作品もキネ旬ベストテン9位ですから、決して駄作じゃない。ていうか、見ていて「こんなにも傑作だったのか」と正直驚きました。脚本の橋本忍が実に見事で、非常に凝った構成がサスペンスを引き立てます。淡々と準備される仇討ちの舞台設営とそこに至ることの起こりが交互に描かれ、徐々に武士社会の論理に絡め取られた平凡な下級武士の悲劇が浮かびあがってきます。見世物としての仇討ちというのは戦前のパロディ時代劇を彷彿とさせますが、これを重厚な社会派時代劇に仕立てるのかいかにも戦後風。それが戦後日本映画のよいところでもあり悪いところでもある。

 ここまで説教臭い展開は戦前にはあり得なかったし(検閲でアウト)現代ならクサすぎて見てられない。とはいえ、この時代はそれがギリギリ成り立ったということでしょう。当時の自民党の政治家たちを彷彿とさせる、いかにも生臭い藩の重役たちの面構えがまったくをもって絶品。いい感じにキャラが立ってるなあ。国家老の三津田健とか目付の三島雅夫とか。これを深い皺を強調するかのように陰影のくっきりしたモノクロで撮るから実にいい感じに仕上がる。

 これが現代劇だと見てられないんでしょう。時代劇の寓話性がうまく生かされた好例というべきですね。他の今井時代劇も見てみたくなりました。

 それにしてもこれ、なんでなかなか見られないんだろう…と思ってたんですが、主人公が乱心したということにして無理矢理事態を収拾しようとするのでほぼ全員の登場人物が放送禁止用語を連呼する(^^;

 なるほど、これはなかなか上映できんわ…でも見かけたらぜひ。お薦めです。
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2012年07月24日

「プリピャチ」

 311以降はずいぶんと原発関連のドキュメンタリーを見ることも増えました。何も一斉に撮られたわけではなくて、311以前は作られてもほとんど見られなかっただけで。このあたり、ドキュメンタリーの難しさを感じます。



 「いのちの食べかた」のニコラウス・ゲイハルターの旧作とあっては見ないわけにもいかないだろうと行ってきました。「いのちの食べかた」は異例の大ヒットでしたから。確かここでも紹介した記憶がある。何しろ一切の台詞もナレーションも音楽も排して、工業製品のように大量に生産されていく動植物の姿をグロテスクに、しかし冷徹に眺め続けたものでした。本当に衝撃だった。

 ただまあ、あれより前の作品ですから、残念ながら完成度は数段劣ります。チェルノブイリの周辺で暮らす人々の姿を音楽もナレーションもなく淡々と描き出していく。でもまあ、残念ながらインタビュー集ですからね。大半はカメラに向かって座ってしゃべってる。似たような作品としては「アレクセイの泉」という傑作が日本にありますからね。あちらはほとんど村人の生活を黙々と撮り続け、非常に温かい世界を描き出すことに成功していた。

 ここまでやるなら、どうせならインタビューという安直な手段は取ってほしくなかった。せっかくモノクロ映像にわざわざしてる意味ないし。台詞すらなく、ただ黙々と働く人々、でもたぶん放射能の危険にさらされている、姿を見つめ続けるならば、きっとすごい衝撃になったはず。

 それはきっと監督もそう思ったはずで、その反省の上に立って作られたのが、まさしく「いのちの食べかた」なんだろうなあ。
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2012年07月21日

「夜のとばりの物語」

 ジプリ御用達ですっかり日本でも認知されたフランスのアニメ作家ミシェル・オスロの最新作です。個人的には、これよりも「グウェン」の方が見たいんだけどな(^^;



 以前見た「プリンセスプリンセス」の続編ですが、見た感触はかなり違う。前回はどちらかというとおとぎ話の現代風パロディでしたが、今回はかなり民俗学的・人文学的な検証の入ったマジメなもの。どちらかというと中途半端だったり後味が悪かったりする、あまりよく知られていない説話を発掘してきて、それがなぜそうなっているかを検証した上で、現代的な解釈で語りなおしてみせる。

 ちなみに興味深いのは、元ネタの説話の方はまったく紹介されないんだけど、演じられるエピソードからなんとなく透けて見えるということですね。地域・時代ごとの価値観の違いといつも変わらぬ人間の普遍的な価値観を照らし合わせて、楽しめるおとぎ話を現代に復活させようという意欲は非常に好感が持てます。前回は一応子供向けでしたが、今回はかなり大人向け。エロいということではなくて(笑)だましたりだまされたり、つれなくしたりなびいたりという、男女間の微妙なかけひきが織り込まれているという点で。ステンドグラスのような原色を生かした画面構成もなかなか美しく魅力的です。

 ちなみに3Dでした。おかしいやろ!影絵アニメが3Dて。時間の都合で渋々3D見たけど、2Dでまったく十分だったなあ。
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2012年07月03日

「11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち」

 今年は三本も映画を公開するらしい若松孝二。相変わらず元気だなあ。しかも皆しっかりとヒットしているのがすごい。「実録連合赤軍」でぶっ壊した山荘、もう建て直せるぐらい儲かったんじゃないかと思うんですが、前作「キャタピラー」のあがりは全部今回の三本の映画に消えたそうです。相変わらず男前だ(^^;



 しかしまあ、なんというか、「キャタピラー」の時も思いましたけど、やはり若松孝二は筋金入りの左翼なんだなあと痛感。この気骨、この覚悟、私なんてまったくのノンポリです(^^;

 んで何が言いたいのかというと、前回の傷病軍人といい、今回の三島と盾の会といい、右翼を描く時には若松監督はまったく容赦しません。本当、主役なのに毛ほども同情してないし共感もしてない。彼らが破滅したところで

「いい気味だ」

 ぐらいの感じ。すごいな。主役に据えたらある程度は思いいれを感じるものだと思うけど。「実録連合赤軍」の時は永田洋子以外にはかなり同情的だったというのに。

 この映画をみてつくづく感じたのは「ものすごーく狭い世界の話」だってことでした。学生運動は「ハマったのはごく一部の暇人」と後の世に揶揄されましたけど、それでもあれだけの数の青年たちが国家権力に牙をむいたってのはすごいことです。それこそ何万人というレベルの話。

 しかしながら三島の盾の会は、ほんの十数名の世界。三島がたまたま超売れっ子の作家で影響力があるから国家権力が「使えるかも」と飛びついてしまい、それなりに目立つ存在になったにすぎない。運営費は全部三島の懐から出てるし、町のサパゲー愛好会レベル。
 先日のニュースで「原発賛成団体」なるものが出現して反原発団体に嫌がらせをしたというのには驚かされましたけど、いつの時代にも「他人と同じことをやっていては目立てないから」というだけの理由で逆の目に張ろうとする人はいるということでしょう。

 「先生、もう自衛隊はダメです、こうなったら国会を占拠して決起を迫りましょう」
 「駄目だ、それでは日本刀が使えない」

 ってお前らいったい何がやりたいんだ。刀オタなだけか。ほとんど喜劇。このへんの突き放し方は本当に容
赦ない。そもそも実際に自衛隊に乗り込んだのも有名作家の特権を悪用してのものだし、

「総監を人質にとって武器庫を襲おう」
「でも頭数が足りない。どちらかに絞らないと」

 そして実際に総監監禁と市谷篭城に関与したのはたったの五名ほど。もっと大掛かりな計画だと思っていたから脱力しましたよ。こんなにチャチだったのか。そりゃあ演説してもヤジられるだけだし、言っていることもほとんど支離滅裂。この場面、尾形拳が演じた米版「MISHIMA」はどうだったんだろうか。

 「本当、あなたらしい…」と冷ややかな目線で映画をしめくくる寺島しのぶの三島夫人がすばらしい。これはおそらく若松監督の思いでもあるのでしょうね。

 おそらくは、こういうことです。

 プロレスが好きで好きでしょうがない連中がいて、日々お互いに取っ組み合って自分を鍛えているつもりになっていた。ただ彼らには問題があって、プロレスは全部真剣勝負なんだと信じ込んでいた。周囲が諫めても聞く耳持たない。だんだん自分たちが強くなったような気になってきて、ある日凶器を片手に近所のプロレスジムに殴りこみをかける。自分たちと真剣勝負をしてほしい、と申し込むのだけど、もちろん引き受けてはもらえない。レスラーたちは「あれはみんな演技なんだ、本当にそれで殴り合ったら死ぬぞ」と諫めるけれど、彼らは聞いちゃいない。自分たちが弱いと思ってバカにしているんだろう、じゃあ自分たちで本当のプロレスってものを見せてやる、と凶器で殴り合って、全員死んでしまった…

 本当、そういう話だよなあ、三島由紀夫割腹事件て。ちなみに井浦新はまったく三島由紀夫に似てません。「実録連合赤軍」ではあれだけそっくりのメーキャップを成し遂げたのに、もう少しなんとかならなかったものか。そこだけはなんとも不満。
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2012年06月30日

愛と誠

 毎回言ってますが、三池さんの映画は必ず見に行くことにしているので。当然これも行ってきました。それにしても三池節全開。すごいなあ好き放題やってる。



 今時「愛と誠」なんて言われても困惑するだけで、よく企画が通ったと思う。三池さんのオリジナル企画のようですが。事実劇場はガラガラ、私が一緒に見た客はたったの5人でした。でも、じゃあつまらないのかというと、ぜんぜんそんなことないです。

 面白いことに彼の映画は超満員かガラガラかのどっちかで、ほどほどということがあまりない。「逆転裁判」とかは結構ヒットしてましたね。でも何を撮っても三池節は健在で、超低予算であっという間に一本撮りあげてしまう。だからスキ放題できるんでしょうね。今回もゲリラロケと小さなセット撮影中心で、実はさほどお金はかかってなさそう。でも見た印象はすんごくゴージャスでした。

 だって全編これミュージカルなんですから。とにかく全編70年代のヒットメドレーを歌って踊ってなんともにぎやか。でも、歌ってる本人以外は画面上でドン引きで呆然としてるという、かなりコメディ色の強い演出でした。その選択は正しい。だって、突然歌いだすなんてヘンだろう、ミュージカルはコメディとしてしか成立しない、という三池さんの見解(多分)には私も賛成。「歌=トリップ」的な捕らえ方ですかね。

 原作では、清らかな愛の真心に打たれて誠が改心する、という感じだったと思うんだけど、三池版の愛はとことん自分の思い込みで突っ走るストーカー女。というか、岩清水といい、由紀といい、権太といい、自分の思い込みで突っ走り、その中でただ一人醒めている誠が、関わりたくもない騒動に巻き込まれる。三池版の誠はスネているわけでもグレているわけでもなく、ただ愛を「ウザい」と思っているのですが、とにかく会話が成立しないのだからしょうがない。

 由紀「おっと、この娘を置いて母親を助けになんかいったら、このかわいい顔に硫酸をぶっかけてやるからね」
 誠「そんなことしなくてもいく気はねえよ」
 愛「誠さん、私のことはいいからお母さんを助けに行ってあげて」
 誠「だから行かねえって」
 愛「わざと私の顔に硫酸をかけさせて人質としての価値をなくそうって作戦ね。さすがだわ誠さん」
 誠「そんなんじゃねえよ。ただ単に行くつもりはねえんだ」
 由紀「そうかい、そうまでして母親を助けに行くっていうんだね。じゃあこの娘に硫酸をかけるしかないね」
 誠「だから行かねえって言ってるだろう!お前ら人の話を聞けよ!お前もこいつの顔に硫酸かけたいだけじゃねえか」

 誠以外のキャラは自分の世界に没入していて、誰も話を聞いていない。つまり誠以外の全員がストーカーで、会話が一切成立しない。でも、実はそれが「愛」ってものの本質じゃないのか。つまり愛の本質とはストーカーなのではないか。この喝破ぶりは見事で、唸らされました。

 だから基本的に「愛」は傍迷惑な行為でしかないのだけど、ふとしたはずみでその情念の本質がストンと相手に共有されてしまうことがある。それが「恋に落ちる」ってことなのではないか。

 これほど徹底的に改変されていながらも、まったく原作レイプにはなっておらず、むしろテーマ的に深める結果となっているのには驚かされます。三池監督の演出の巧みさというのもあるのだろうけど、なんだかんだいってこの原作、その後の多くの作品の原点となった「究極の王道」というべきものだってことなんでしょうねえ。やはり、名作ってことなのか。おそるべき梶原一騎、おそるべし三池崇史。
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2012年06月05日

「ダーク・シャドウ」

 ティム・バートンの作品はほぼすべて見ているのですが(なぜかシザーハンズだけ未見)、なんだかここんところ不発気味。こうなると「アリス」がまだマシに思えてきますよ…今回は特に評判が悪いのですが、今回ばかりは私も同意。いつの間にバートン、勝ち組の味方になってしもうたの。



 一応彼が子どもの頃楽しんだらしいテレビドラマのリメイクだそうで。むろん私は未見。とはいえ、全体としての作りはかなり「こういう話だったんだろうな」という元ネタのテレビドラマが透けて見える実にテレビっぽい展開。このあたり、メンコを原作(笑)にしても、彼以外には作りようもない見事な「映画」になってた「マーズ・アタック」とは雲泥の差。まあ、結局カルチャー・ギャップ、タイムギャップのお定まりコントですよね。その領域を一歩も出るものではない。

 確かに宿敵・魔女アンジェリークの狂気じみたストーカー愛がすべてを動かしていくという解釈は非常に面白いし、アンジェリーク役のエヴァ・グリーンの妖艶な演技はジョニー・デップすら食い尽くす素晴らしさ。それに対して正ヒロインであるはずのベラ・ヒースコートのなんとパッとしないことよ。

 しかし、この展開はないわぁ…今までのバートンだったら、デップが最後の最後で魔女の愛の深さに気付いてすべてを受け入れるはずやん。しかもこの配役、この存在感の差。明らかに情が深く顔も良くキャラクターも立っているアンジェリークをどうして選ばないかな。物語全体から感じるキャラクターのオーラに抗って、すげーどーでもいい女とくっつくので「うがー納得できるかー」となってしまう。いや、皆さん感想は一緒でしょう?

 しかも清くアンジェリークを遠ざけ続けているならともかく、それなりにもて遊んだ上でだもの。最低だ、コイツ(^^;なんかなあ、バートンそんなこともわからなくなってしまったんだろうか。なんだかとっても残念です。
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2012年05月28日

「REC3」「らもトリップ」

 久々に休日に映画館のハシゴをしてきました。

 「REC3」★



 1と2は低予算ホラーの手本のような作品で、結構好きです。まあ、擬似ドキュメンタリータッチでゾンビ映画やってるだけなんだけど、アイデアの盛り込み方がなかなかお見事で、ただの亜流ホラーにならずブレアウィッチの二番煎じでもない、絵づくりへのこだわりが感じられました。

 今回も「結婚式」が舞台ってことで、ああこれはうまいなあ、と最初の30分ぐらいはひたすら唸ってたんですが、ゾンビ登場後数分でカメラが壊れ主観映像を放棄。あとは普通のゾンビ映画になってしまいます。それって「REC」じゃないやん!んで、カメラを捨ててまで撮った映像はというと、どこかで見たようなものばかり。ウエディングドレス姿の花嫁が血まみれでチェーンソー片手にゾンビに切りかかるシーンとかまでくるとさすがにげんなり。「何、ふざけてるの?」とか言いたくなってしまう。

 はっきり言って★ひとつでもつけすぎ。「失格」というのが妥当なところかな。まあ、特別サービスで全国一律1000円だったのは救いがありますが。ツッコミ入れながら見たからまあいいか。

「らもトリップ」★★★★

 

 こちらは打って変わってすばらしい。中島らもって、コピーライターやってたころから大好きで、大阪が生んだ天才と思ってたもんです。明快な文体といい、マイノリティ文化への愛情といい、過剰なまでの笑いへのこだわりといい、ある意味で私のお手本というべき作家でした。

 そのらもが映画になった。しかもドキュメンタリーとオムニバスドラマのミックスという一風変わったスタイルで。らも作品の映画化というのも何本かありますが、皆ほどほどにいい。「お父さんのバックドロップ」がベストかなあ。ただ、ストーリーを追いすぎるとあの独特の文体の魅力を失ってしまうので、皆アイデアだけ借りて後は好きにやってる、という感じですね。少しさびしいけど、それで正解とは思うし。今回の三本の短編も皆そんな感じ。ただ、冒頭の「ヘビ女がヘビメタバンドを組む」という地口オチ作品「クロウリング・キングスネイク」は、かなりらもの人を食った悪ふざけのテイストをうまく映像化してたと思う。

 そしてドキュメンタリーパートは豪華なメンバーによる「らもの思い出証言集」。らもって本当に面白いエピソードが満載で、古田新太が芝居の原稿を落とされた話とか、娘のさなえが目立ちすぎる両親の授業参観でいたたまれない思いをした話とか、マジで満員盛況の劇場がドッと沸いてました。本当、みんならもさんが好きやったんやなあ。何もかもみななつかしい。 
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2012年05月12日

「ニーチェの馬」

 ハンガリーの誇る天才映画監督、タル・ベーラ最後の作品。となるらしい。



 実は大学時代、初めて旅した海外はハンガリー。その後もなんだかんだと縁が深く、結構ひいきにしている国のひとつです。ハンガリー映画、といえば比較的よく見られているのがサボー・イシュトヴァーン。ヒトラー台頭を予期した預言者ハヌッセンをオカルト趣味たっぷりに描いた「ハヌッセン」とか好きでしたなー。そうそういろいろとごちゃまぜにしたイルディコ・エニエデイ「私の20世紀」なんてヘンな映画もあったっけ…

 ちなみにタル・ベーラはそのどちらでもないです。とにかくギリギリまでそぎ落とした禁欲的な画面の中で信じられないほど凝りに凝った超長回し撮影の末に、ハンガリーと人類の歴史のすべてがとても限定された小さな時空間の中に押し込められてしまう。とにかく「完璧」という言葉はこの人のためにあるというほかない。一夜の夢の中にハンガリーの抑圧の全歴史を描いた8時間の超大作「サタンタンゴ」、カーニバルと近代音楽理論のせめぎ合いのうちに全体主義から社会主義に至る暴力の連鎖を寓話的に描き出し壮大な結末へと着地して見せた「ヴェルクマイスター・ハーモニー」、そしてジョルジュ・シムノンの忠実な映画化でありながら過激に前衛的でもある「倫敦から来た男」…いま現役で一番好きな映画監督はと問われたらこの人を挙げるかもしれない。それぐらいひとつひとつが壮大にして圧倒的。

 ほとんどの作品の舞台は名も知れぬ田舎。特に今回の舞台ときたら荒野の一軒家で、そこから一歩も出ないままに終わってしまう。登場人物といえばほぼ全編老いた父とその娘そして疲れ果てた馬一頭のみ。きめ細かい漆黒のモノクロ画面の中に父と娘の面白みのない日常を描いているだけなのに、どんどん不穏な空気が増していき、見ていて眼が離せません。この血管が切れそうなほどの緊張感の盛り上げ方は尋常ではありません。どこにも行くことができず、少しずつ選択肢を失っていく父と娘。けたたましい暴風が窓の外には吹き荒れており、まるでバラードの破滅小説のよう。ひょっとしたらこの父と娘は人類最後の二人なのでは…

 映画は日常と超自然を等価に描き得るもの。ならば、日常を描写することで超自然を描くこともできるはず。一見およそ不可能なこの挑戦に易々と成功してしまったのがこの映画の恐るべきところ。もちろんブルーレイ出たら買いますが、映画館での体験はしておきたいもの。本当に、忘れがたい一本となりそうです。

 これが「最後」なんてもったいないこと言わず、ぜひともまた撮ってほしい。いや、なんだか次もあるんじゃなかろうか。黙っていても。そんな気はしました。
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2012年05月09日

「テルマエ・ロマエ」

 原作は大好きなんですが、この実写版はないだろうと見に行かないつもりでした。ところがネット友達の柚枝さんが先に見てきて「面白い」というので、

http://yaplog.jp/yuzueda/archive/1303

うちの家族と義母を伴って行ってみました。うちの家族、原作者ヤマザキマリの大ファンなんです。



 マンガの実写版て「誰が見るんだろう」といつも思うんですが、これはストーリー的には予想以上に原作に敬意を払っていたのがよかったですね。もちろん後半では映画オリジナルの要素もあるんですが、チネチッタロケにシネスコ画面、そして結構こだわった美術の数々と、予想外の大作でありながら予算のかけどころをきちんと心得ていたのがよかったと思います。つまり映画なんだからルシウスが最後は戦場で大暴れせにゃいかんとかアホなことをせず、徹頭徹尾風呂づくしで押し切ってくれたのがよかった。

 そして、画面は意外に丁寧かつ美しく、テレビマン監督とは思えないちゃんとした「映画」でした。日本の俳優陣のテレビ的なくどいくどい濃い演技も、壮大なローマ美術の中では、それなりに収まってしまい、なんとも強烈なおかしみをもたらすのもすばらしい。まあいろんなスタッフの努力がすべていい方向に転び数々の偶然が重なって傑作になってしまった、というところでしょうか。でも、それもまたそれでいい。

 柚枝さんご指摘のとおり誰もが楽しめる作品だったと思います。たとえ原作を知らなくても「阿部寛主演だから」と見に来た人でも楽しんで帰れる。義母も気持ちよく笑っておりました。映画オリジナルといえば、ルシウスのトリップシーンで流れる壮大な男声オペラが大変にいい。ゴージャスな雰囲気を最大限に引き出してくれます。安っぽいどこぞのバンド使わなかったのは大正解かと。

 あ、そういえばこれ「字幕版」があるんですよね。全編阿部君がラテン語でしゃべるんだろうか…それはそれで見てみたい。
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2012年05月05日

カール・ドライヤー「吸血鬼」ボローニャ復元版

 さて、これはどう分類しようかと思ったんですが、厳密に言うとやはりサイレント映画とはいえない。少ないながらもセリフはあるし、素朴ながらもサウンドは付いてる。いわばトーキー初期のサウンド版というべきものですね。

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 CSシネフィルイマジカがBSに移籍してからどうもパッとしません。なんかハリウッド映画ばっかやってるフツーのメジャー映画局になってしまったなあ。見る本数が激減してしまった。ムービープラスとかザ・シネマとどう違うんだ。

 そんな中にあってほとんど唯一かつてのアートな雰囲気を感じさせてくれるのが現在継続中の「カール・ドライヤー5ヶ月連続放映」。シネフィルの紀伊国屋枠とでも言うべきものは大変に貴重なので、ぜひ今後も続けてほしい。

 そんなカール・ドライヤーの中でも比較的上映機会の多い「吸血鬼」。映画館で見たこともあるし、レンタル屋でも借りたことありますよ。「裁かるるジャンヌ」と並んで定番といえましょう。どっちもすごく短いからだろうなあ。ジャンヌがトーキースピードで60分、吸血鬼は70分。

 しかしこれは貴重。イタリアで修復されたバージョンなので普通にレンタル屋やオフシアターで見られるバージョンより画質は極めて美麗。そしてそれよりも重要なのが欠落した重要なショットがいくつか補われ、カットの順番も大きく入れ替えられています。結果としてふたつのバージョンを見た印象はまったく違う。

 つーか、こういう映画だったのね(^^;これまでのバージョンではほとんど明確なストーリーがなく、ある青年の妄想や恐怖を断片的なイメージの内に描き出す前衛映画ってことになってたと思うんだけど…
 なんだ、ちゃんとストーリーがあるではないか(笑)

 オカルト思想に耽溺した青年が因習深い田舎町に吸血鬼を探して調査にやってくる。青年の歪んだ目からは周囲の疑い深い村人の目つきや行動が吸血鬼を指し示すものに見えてしまう、という非常にシニカルなストーリー。やがて青年は村娘に恋することで救われるのだけど、青年の妄想だけは呪いのようにその場にとどまり、青年が「吸血鬼では」と疑っていた老医師が人身御供のように犠牲になってしまう…

 なんとも風刺と皮肉の効いた、摩訶不思議な物語でありました。いや、こっちの方が現行版より面白い。「吸血鬼」は見てる、という人もぜひ見ておいた方がいいですよ。
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2012年05月02日

「新しき土」「コーマン帝国」「鬼に訊け」「アポロ18号」

 本日は映画の日、しかもGWのお休みをここでもらえて、ラッキー!というわけで久々に半日映画ハシゴしてみました。まあ、みんな90分程度だからできることですが(^^;

 いつも見ている映画って、「ああ1000円でよかった」というギリギリの評価基準の作品が多いんですが、今回は全般に当たりでした。みんな面白い!

「新しき土」★★


 まあ、あえて言うとこの一本目が一番眠かったんだけど、まあ、日本の戦前映画好きとしては見ておかないわけにはいかない作品なので。リーフェンシュタールのお師匠様で山岳映画の巨匠、アーノルド・ファンクと伊丹十三の父・伊丹万作が共同監督を手がけた日独軍事同盟締結のキャンペーン超大作。レニ・リーフェンシュタール映画も追ってる身としてはやはり見ないわけにはいかない。面白いか、というとあまり面白くはないけどね。
 あ、ナチズム研究とかそういう側面で興味のある人は必見とは思いますよ。当時の日本でナチズムがどう受容されたかとかそういう点からも興味深い。プロパガンダ映画としては完全に失敗してますが。「新しき土」というぐらいだから満州国正当化のために作られた作品なんだけど、中盤とラストにとってつけたように出てくるだけ。そもそも兵隊に守られてビクビクしながら畑耕さないといけない段階でもういろいろなんかダメだろう、と思う。
 今回はファンク版の上映で、かなりフジヤマゲイシャ描写がいろいろ痛い。伊丹版が見たかったなあ。原節子の家は富士山の麓にあるはずなのに庭に安芸の宮島があって鹿が放し飼いになってるとかSFすぎる。しかも最後にはガンガン噴火してる富士山に登って男女が愛を確かめ合う…って、オイ!(^^;どこの平行世界だよ。実際には木曾の焼岳で撮ったらしい。それにしてもファンクは登山映画になるととたんに生き生きしてくるなあ。ファンク映画ではとにかく山に登ればなんとかなるらしい。

「コーマン帝国」★★★★


 B級映画の帝王、ロジャー・コーマンの業績を振り返るドキュメンタリー。コーマンといえば「リトルショップオブホラーズ」とか「金星ガニ地球を征服」とか。いろいろ楽しませていただきました。チープだけど映画ならではの楽しみに満ちてる。私も知らなかったんだけど、コーマンてああいう俗っぽい映画を撮る人だからすごく俗物で金の亡者みたいなおっさんなんだと思ってたけど、すごく穏やかで生涯一度も怒鳴ったことがないんじゃないかと思うほどの折り目正しき英国紳士でした。この落差がすごく面白い。ものすごくおだやかーにニコニコしながら金と性と暴力の話をする(笑)コーマン映画に興味がなくても、この落差の面白さだけで十分に楽しめます。コーマン作品450本を一気に紹介するパンフの資料性もすさまじい。これは買い、です。なんか未見の作品いろいろ見たくなってしまった。「デスレース2000」とか「スペースレイダーズ」とか「白昼の幻想」とか。

 「鬼に訊け 宮大工西岡常一の遺言」★★★☆


 奈良育ちの歴史好きとしては、宮大工の世界というのは結構実は興味があって。鑓鉋の使い方とか丁寧にレクチャーしてくれるこの作品の面白さは一種独特。西岡の死を機会に専門家向けに作られた映画を何本かミックスして新撮映像を加えて一般向け映画としたこの作品は、非常に楽しめました。
 それにしても、西岡常一というのは頑固な職人気質というよりは建築の歴史をマスターし文献も読み漁り、古来の技法をあえて使う科学的意義すら熟知して理論武装した究極のインテリマイスターというべき存在なんですねえ。なぜ電機鉋ではなく古代の鑓鉋を使うのか。電気鉋では木目が粗くなりそこから水が入って早く木が傷む。これに対して鑓鉋ならば表面が非常に細かくなり木が締まる。よって何百年ももつ…すごいなあ宮大工。思わずほれます。

 「アポロ18号」★★★★


 この日最後の作品はこれ。最近よく見てる「擬似ドキュメンタリー」の一本ですが、「トロールハンター」ともまた違って本格宇宙SF映画としてすごく渋い出来栄えになっていたと思います。ヤフーの星取り表では2.5点という惨状ですが、騙されてはダメです。まあ、まったく見る眼のない人しか見てないってこと。そもそも投稿件数がおそろしく少ないし書き手は「霊は間違いなく存在する」とかバカげたこと(しかもこの映画とぜんぜん関係ない!)こと言ってる人とかだから。

 個人的には★★★★ですね。いやマジで。この映画が「ネットの片隅で発見」とか「擬似ドキュメンタリーにしてはエンドロールが超大作なみ」とか、そういうのは本当どうでもいいし、映画本編の出来栄えとは何の関係もない。

 8ミリ・16ミリ・ビデオ映像といろいろ素材を変えて細かく切り替えることで独特のサスペンスを盛り上げていますし、月面での特撮のリアルな手触りは本当にすごい。擬似ドキュメンタリー=チープという固定観念を軽く覆してくれます。実際ほぼ100%特撮映像ですからね。本当に豪華。そして「ここまで作りこまれた宇宙SFってひさびさだなあ」としみじみ感じました。

 史実でのアポロ計画は17号まで。では、いったい何があったのか?歴史の影に葬られた18号のクルーたちが見たものは…

 ある意味容易に想像がつきそうでいて案外足元すくわれます。この巧妙な演出がお見事。見せ方が本当にうまくてドキッとするし、サスペンスの盛り上げ方は本当に見事。主観カメラと監視映像だけなのにダレた場面がひとつもない。世評はどうか知りませんけど個人的には大好きな映画がまたひとつ増えました。「イベントホライズン」とか「マウスオヴマッドネス」とか…このへんから推して知るべしではありますけどね(^^;
posted by てんちょ at 02:40| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月14日

「ヒューゴの不思議な発明」「アーティスト」

 映画をまったく見ていないわけではないんですが、このペースでアニメ感想を挙げていたら、いつまで待っても書けないので、いいかげん載せてしまうことにしましょう。ちょうど封切り直後の「アーティスト」を見てきたのでふたつ合わせて。

 ともに今年のオスカーの大本命2巨頭でしたが「どっちにも獲らせたい」と思ったのは初めてでしたねえ。結果的には仲良く分け合う形となりましたが。ともに映画へのオマージュなんだけど、それぞれまったく違う形なのが面白い。

 まず「ヒューゴの不思議な発明」。こちらは満員盛況でした。



 「ヒューゴが発明しないじゃないか!」と怒ってる人が多いのには困惑しましたが…ていうかそもそもこれSF映画といえるかどうかすらかなりあやしい。ヒューゴは実は狂言回しでしかなくて、真の主人公はベン・キングズレー。そして映画の中で起こることの多くは実は実際に起きたことでもあり…そういう点では実録ドラマに近いとすら言える。

 ただ、そこで語られる映画史上の真実は、ディープな映画ファンにとってはまさしく感涙モノの展開であり、私は後半涙が止まらなくなってしまいました。私は原作読んでたのでネタバレやむを得ずですが、映画史に詳しいと自認される方はぜひ白紙で見に行ってほしい。たぶん、めちゃくちゃ泣ける。久々にブルーレイで見返したくなる映画でしたよ。イギリス映画ですが、フランス語での吹き替え版とかないかなあ…

 未見の方はぜひこの映画は見ておいた方がいい。



 あと映画を見て興味を持たれた方はこちらをぜひ。

魔術師メリエス―映画の世紀を開いたわが祖父の生涯 [単行本] / マドレーヌ マルテット・メリ...

魔術師メリエス―映画の世紀を開いたわが祖父の生涯 [単行本] / マドレーヌ マルテット・メリエス (著); Madeleine Malthete Melies (原著); 古賀 太 (翻訳); フィルムアート社 (刊)

 そう、実はこの映画は映画史の巻頭を飾るフィルムの魔術師メリエスの物語。彼こそは特撮・SF映画の始祖であり、映画を魔法とした男。私はメリエスのことがめちゃくちゃ好きで、輸入版で現存するすべての作品を収めたDVDBOXを買ってしまったほど。まさしく至福の時でした。ベン・キングズレーの演ずるメリエスのすばらしさはまさしく圧巻、老い傷つきそれでも誇り高き大魔術師の姿がまざまざとそこにあるのですから。

 日本アマゾンではこの拾遺版しか入手できないみたいですねー米アマゾンでぜひ。

Melies Encore [DVD]

Melies Encore [DVD]

 ただ、3Dは必要だったか?というとちょっと首ひねりますね。いや別になくても十分すばらしいよ。

 続いて「アーティスト」。主要賞を獲ったのはこちらなんですよね。でも劇場はガラガラでした。ああ…イヤな予感がしてたんですよ。今の若い人、サイレント映画の存在すら知らなくて、ひどい人になるとモノクロと区別すらつかないですからね。モノクロ=サイレント映画だと思ってる。



 しかし内容はすばらしいのひとこと。これもたぶん映画史にくわしい人こそ泣けます。こちらは映画技術史というよりはスター・俳優史かな。ヒロインがまったく美人ではなくて、いかにもトーキー初期の尖った顔の個性派スターっぽかったのには「そうそう」と膝を打ってしまいましたよ。

 トーキー普及とともに落ちぶれていくサイレントスターという構図は今に始まったことじゃなくて、過去に何度も映画化されていますが、それをわざわざサイレントで描くというのが非常に面白い。映画の舞台は大半がトーキー時代でラジオでしゃべるシーンすらあるのに音がなくて字幕なんですから。どういう風に表現するんだろうと思っていたらこう来たか!!

 そして忘れちゃいけない、この映画の真の主役はカンヌとオスカーを制した名犬アギー。家族と見に行ったんですが、犬嫌いのうちの家族も私も「おお」と身を乗り出してしまいましたよ。まさしく主役。ていうか、犬にここまでの演技ができるというのはまさしく驚異。わざわざ賞を設けたくなる気持ちもわかります。

 そしてどんどん悲惨になって最後には破局しかないと思わせておいて…

 最後にはあっと驚く小粋なハッピーエンド。むかしのハリウッドにはこういう映画が結構ありましたよねーこれがフランス映画だというのは驚き。

 それにしても、こういう映画こそ吹き替え…というか、活弁つきで見せればいいのに。澤登翠師匠、たぶんぴったりだと思う。
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2012年04月02日

「トロールハンター」

 映画の日、だけどエイプリルフールらしい映画がいいなあ・・・と思ったわけでもないけど、せっかくならこんな映画がいいかな、と行ってきました。映画館、満杯ですよ!!



 ほとんど見たことのないノルウェー映画。「トロールは実在した!!」というウソドキュメンタリーってことで、爆笑の展開じゃないかと思いつつ行ったんですが、ちょっと違いました。ちょっとびっくりするぐらいのゴージャスな特撮満載のアクション巨編でした。基本的には低予算の「ブレアウィッチ」風擬似ドキュメンタリーなんだけど、トロールが登場する場面はこれでもかってぐらい凝りに凝りまくってお金もしっかりかけているので、見ごたえありましたよ。ヘタなハリウッド特撮より断然面白い。基本はノルウェー版「マタギ」あるいは「老人と海」って感じで、頑固な老ハンターの親父が実に渋いです。

 しかもトロールの「キリスト教徒を見つけたら追ってくる」「光を当てたら石化する」という古代伝承をしっかり取り入れしかもそれにもっともらしいSF的設定を付加しているあたりが実に心憎い。うまいなあ。結構プロットもよく考えてあって出たとこ勝負の一発ネタ映画というわけじゃない。怪しげな設定からはちょっと思いもつかない秀作と言っていいと思います。見かけたらぜひ見ておくこと、お勧めです。たぶんあっという間に終わってしまいそうだから。
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2012年03月27日

ドラゴン・タトゥーの女

 ハリウッドで現在最も才能ある監督は誰かと問われるならば、それはむろんデビット・フィンチャーでしょうと答えます。実は皆さんそれほど異論はないのではと思いますがいかがですか?

 タランティーノもティム・バートンもヒット作をコンスタントに飛ばして個性的な作品を作り続けていますが、彼らは残念ながら自分が作りたいタイプの作品しか作れない。それが悪いってわけではないけど、どんなオーダーにも一定水準の結果を出して見せる職人タイプの監督であってこそハリウッド型の演出家の本領というものでしょう。これは意外といそうでいない。凡庸な作品を乱発している監督は掃いて捨てるほどいますがそれは置いておいて。

 そういう意味では本当に何でも撮れるデビット・フィンチャーという人は唖然とするほどの職人にして個性的な演出家でもあるという稀有の才能です。ハリウッドでも潰されない強靭な才能の持ち主。これはすさまじい。そんな彼の待望の新作。待望も何も毎年コンスタントに新作を量産してますけどね。今回もヒットしているようで。まずはめでたい。



 今回は彼が得意とする「セブン」系列のサイコサスペンスということで、期待してました。まあ、実際期待は裏切らない。ただ、前半が妙に眠いのですね。ダニエルとリスベットが合流する後半はグイグイ面白くなるんですが。前半はなんか別の映画を交互に見せられているような気分。

 それで調べていて、今回は実は元ネタとなったスウェーデンの映画があることを知りました。日本でも公開されてたのか。全然知らなかったですよ不覚。しかもこれは壮大な三部作の第一部にすぎず、オリジナル版はすでに全部公開済みとはちょっとびっくりしました。

 CSシネフィルイマジカにてフィンチャー版の公開に合わせて放映ってことで見てみました。こちらも大作なのでまずは第一部のみ。

 

 本当、びっくりするほどそっくりなので驚きました。ストーリー展開どころか舞台装置や小道具までほぼ一緒。舞台となる島の館の格好まで一緒ですよ!フィンチャーも思い切ったことをしたもんだ。尺数も2時間半強とほぼ一緒。

 ではどこが違うのかというと、フィンチャーは前半ではダニエルとリスベットのそれぞれのキャラクターを掘り下げています。ダニエルの家庭生活や編集長との不倫、リスベットの保護司との確執もよりねっちりと描かれていますね。オリジナル版ではこのあたりが必要最小限まで絞られていて、結果としてふたつの物語が有機的に結びついている。ここ、珍しく失敗でしたね。オリジナル版ではリスベットはダニエルのストーカーを依頼終了後もやめられず、煮詰まっているダニエルを見かねて助け舟を送りつけてくる。これに対してフィンチャー版ではダニエルは別口から謎を解いてしまい、あくまで有能な人材を探してリスベットをスカウトしに来る。これもうまい改変とはいえなかった。

 ただし、二人の合流後の展開はフィンチャーの方がうまい。オリジナル版はいささか駆け足気味で、ちょっと喰い足りない。判りにくい部分に丁寧に補足的な伏線を置いていったフィンチャーはさすがです。

 あと、リスベットのキャラは断然フィンチャーの方がいいですね。オリジナル版は謎の過去を持つパンク美女、って感じですが、ルーニー・マーラ演じるフィンチャー版のリスベットはほとんど亡霊のごとき薄気味悪さ。前作「ソーシャルネットワーク」のザッカーバーグを彷彿とさせるアスペルガー気味の危険な天才を描かせたらフィンチャーの腕は俄然冴えます。

 ちなみに残る相違点を見ていくと、第二部への伏線というべき描写は全部カットされていて、フィンチャーはこの先を撮る気は内容ですねえ。ちょっと残念といえば残念だけど、フィンチャーはシリーズを続けて撮ることはしないことで有名な人だもんなあ(^^;
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2012年03月22日

フレデリック・ワイズマンレトロスペクティヴU「最後の手紙」

ワイズマン作品としては驚異的に短い62分、しかも劇映画!さらに言うなら残る一本の劇映画である「セラフィタの日記」はワイズマンが失敗作とみなして封印してしまっていますので、目下見ることのできる唯一の劇映画といえます。

全貌フレデリック・ワイズマン――アメリカ合衆国を記録する [単行本] / 土本 典昭, 鈴木 ...

全貌フレデリック・ワイズマン――アメリカ合衆国を記録する [単行本] / 土本 典昭, 鈴木 一誌 (編集); 岩波書店 (刊)


 とはいえ普通に言う意味での劇映画とは到底いえないのはいかにもワイズマンらしく、登場人物はたった一人、ナチスに迫害された老女が息子にあてた手紙を暗誦するという、極めてストイックなもの。しかも舞台はからっぽ、モノクロのシャープな映像と凝りに凝った照明だけで老女の演技を見せていくという極めて演劇的な空間が演出されています。

 原作はロシアの作家ヴァシリー・グロスマン。これをワイズマンにゆかりの深いコメディーフランセーズの女優カトリーヌ・サミーが演じました。語り手のモデルはグロスマンの母で、ナチスのウクライナ侵攻で殺された3万人の一人であったとされています。

 というわけで、実際に演じられる作品は演劇を取り扱ったワイズマンのドキュメンタリーと似通っており、ドラマとはいえひどくドキュメンタリータッチ。しかしながら綿密な計算のもとに作りこまれたモノクロ映像の美しさは、やはりこれがドラマ作品であることを意識させます。

 日本初公開の滋賀・碧水ホールでは確かビデオ上映だったはずで、それから長い時を超えてモノクロ16ミリのプリントで見られる幸運を思うとき、これが最初でよかったと嘆息するばかり。ワイズマン作品の中でもこのしっとりとした官能的なモノクロの映像美は屈指のものがあり、多数のライトを複雑に変化させながら撮影した演出の妙味が絶大な成果を挙げています。

 デジタル時代になって劇場から映写機が消えつつあるのは複雑ですが、やはりワイズマンはフィルムの人なんだなと思うばかり。この先もなるべく各地に映写設備が残ることを祈ります。
posted by てんちょ at 00:55| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月19日

フレデリック・ワイズマンレトロスペクティヴU「視覚障害」

 前回はスケジュールが合わず散々だったレトロスペクティヴでしたが、今回はうまくいって未見作品を3本とも見られそうです。



 残る作品も早めに見られることを祈りつつ。それにしても、今回は残る作品が比較的短めのものばかりで助かった。とはいえ2時間ほどはしっかりあるんですけどね。

 本日紹介するのは、聾・盲シリーズと呼ばれる障害と教育の関連を探る巨大な四部作の第一部。なんだか見ながら八杉将司の「光を忘れた星で」とか思い出してしまった。

光を忘れた星で (講談社BOX) [単行本(ソフトカバー)] / 八杉 将司 (著); 中山 ...

光を忘れた星で (講談社BOX) [単行本(ソフトカバー)] / 八杉 将司 (著); 中山 尚子 (イラスト); 講談社 (刊)


 目が見えないとはどういうことなのか、目が見えない子どもたちに対してどのようにして外の世界を認識させるのかを教え込んでいく手順というのは、予想以上に刺激的なものでありました。ある意味でSFと感心領域が重なるジャンルともいえる。

 杖やロープを材料に、目ではなく聴覚と触覚を使って外界を感じ取る方法を学んでいく子どもたちの姿はとても刺激的。たぶん子どもたちの脳内に出来上がっていく世界は、視覚を中心とした我々のそれとはまったく違うものなんだろうなあ、というのが映画という視覚の形で示されるというのが、矛盾していてまたこれはこれで面白い。それにしてもレスリングとかラグビーまでやってしまうのか、すげえ。

 子どもたちが主人公ということもあって、中期のワイズマン作品にしては比較的明るい雰囲気でほのぼのしてる。ではありますが、盗癖のある子や問題行動のある子も出てきて、やっぱりどの世界でも悩みの種となる問題児は出てしまうものというのが哀しい。「彼が今より大きくなってかなわなくなる前に身体を鍛えておこう」とか教師たちが話し合っているシーンは爆笑ものでしたが。こういう部分は、後期のコミカルな色彩が強くなる現ワイズマンスタイルの萌芽といえるのかもしれません。
posted by てんちょ at 04:03| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月06日

「小さな町の小さな映画館」

 大学時代、夢中になって自主上映に奔走していたころを思い出しました。そう、映画に夢中になる人たちの姿はいつも美しい。



 この作品の舞台となる北海道浦河町というのは人口わずか1万4千人。でもミニシアター系も上映してくれる素敵な映画館なのです。創業90年を超えるこの映画館を支えるのは、Uターン組を中心とした地元の映画ファンの人たち。

 映画自身はやや過剰なナレーションと音楽に彩られたかなり素朴な出来栄え。決して完成度の高いものではありません。ところがことこの作品についていえば、それが不思議なほどぴったりと合っていやみじゃない。この作品の中にも出てくる素朴な手書きのスケジュール表。むかしこういうことやってる映画館ありましたが、今やっても引かれない都会の映画館はなかなかないです。愛されているからこそ、支えられているからこそ、見えてくるあたたかな世界。いいなあ。

 私も京都で学生やってたあのころは。今よりもずっと短館アート系といわれる映画を訪れる客は少なくて。いろんな大学を巡って必至でチラシをまき、切符を売ってましたね。いまや実験映画でもそれなりに名の知れた作家なら小さな劇場はいっぱいになるし、DVDもバンバン発売される。

 それでもデジタルの足音が近づきミニシアターにとっては冬の時代とか言われますが。やはり地道に活動すればファンは育つし、それを信じての上映が明日への力となるんだと思う。特に東京以外の地方ではみんなそうです。その思いを信じて、私はデジタル時代になってもDVDでいいやとか言わずやっぱり映画館に通いつづけるでしょう。

 あ、ところで結構感慨深かったのが「我路映劇」が登場したこと。美唄の廃館になった映画館でツタに巻かれ完全に廃墟になってたのは哀しかったけど…あれが、あさりよしとおが「宇宙家族カールビンソン」で描いた、ジョン・カーペンターの映画館なのか…(^^;
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2012年03月02日

「メランコリア」

 ラース・フォン・トリアー、またまたお騒がせの最新作です。しかも今回はSFネタ、とあれば見ないわけにはいかない。



 それにしても、毎回毎回こんな陰鬱な映画がシネコンで大々的に封切られる不思議に首をひねってしまいますよ。みんな好きだねえ、トリアーのこと(^^;いや、私も「エレメント・オブ・クライム」と「ヨーロッパ」の時は熱狂したもんだったけど。あのころは本当に客入らなくてミニシアターでもガラガラだったのに何が違うというんだろう。個人的にはあのころのトリアーの方が好きですよ。最近のトリアーはあまりにもあからさまにウツを前面に出しすぎ。「ダンサー・イン・ザ・ダーク」は信じられないような大ヒットでしたけど、後から冷静に考えてみればあれって義太夫の「母娘もの」なわけで。日本人の琴線に触れるわけだ。トリアーはただ単にヤバい人を撮ってるだけなんですけどね。

 ただ、どんどんひどくなる一方のウツ展開にあって、すばらしく美しい映像を見せることができるのがトリアーの才能。だからこそどれほど俳優を虐待しても、映画祭で奇行に走って暴言を吐いても新作を撮り続けることができるんでしょう。

 そして今回のお話はウツ女が自分の結婚式にブチ切れて奇行を繰り返し夫は逃げる職は失う、友人はなくす、親類には嫌われると散々な目にあって「ああもうこんな邪悪な世の中なんて滅びてしまえばいい」と呪っていたら、謎の巨大惑星が地球に激突して世界が滅びてしまいましたとさ、めでたしめでたし…

 って、ちょっと待てい(^^;

 トリアーは「このお話はハッピーエンドです」とヌカしているそうですが、残念ながら今までの作品の中では一番心動かされなかった。この映画を撮ることでトリアーは最悪の欝期を脱したそうですが、作品としての出来はちょっとなあ。確かに映像は美しい。冒頭5分の映像美なんてまさしく圧巻。ただ、中身は本当になんもない。この映画が結構ヒットしてみんな「息を呑む映像美」「衝撃の結末」と興奮気味に語っているのを見るとちょっと苦笑いしてしまいます。日本人て結構ウツなんですね。賛否バッサリ両論ですが、むしろトリアーの映画を全部見てる熱心なファンほど点数が辛い気がする。もちろんわたしもそちら派。

 いや、だってさー地球に接近してくる巨大「惑星」という段階でもう何か。

 それは「惑星」じゃなーい(^^;

 針金で輪っかを作って目の前にかざし、「惑星」が近づいているのか遠ざかっているのか測る、なんてシーンはとても面白かったんだけど。時間がたったあとでもう一度観測してみて輪よりも惑星が大きくなっていれば近づいている、ってこと。シンプルにして結構なかなかなかった映像的アイデア。こういうのがもっといろいろあればSF映画としても楽しめたんですけどね。まあ、トリアーはそんなものを撮る気ははなからなかったのでしょうが。

 個人的には「キングダム」みたいなブラックコメディをまた撮ってほしいなあ…
posted by てんちょ at 03:27| 大阪 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする