2012年05月21日

内田吐夢「生命の冠」

 実はこの作品、厳密に言うとサイレントではない。しかしサイレント版しか残っていない、ということで、坂本頼光氏が活弁を担当しています。

 なんで今時、というと、昨年「新潮45」でこの作品のDVDがオマケについていたことがある、と今頃知ったから(笑)どうやら発売当時は瞬速で売り切れたらしい。

新潮45 2011年 03月号 [雑誌] [雑誌] / 新潮社 (刊)

新潮45 2011年 03月号 [雑誌] [雑誌] / 新潮社 (刊)

 それもそのはず、この作品は「飢餓海峡」などで知られる名匠内田吐夢の数少ない戦前の現存作品なのにビデオ・DVD化は一度もなく上映の機会もほとんどない。まあ、現存フィルムがトーキーのサイレント版という難ありなものだからなのだろうなあ。アマゾンでは結構とんでもない値段で取引されてます。

 しかしながら「新潮45」というわれわれが生涯読むことのないであろう雑誌でありながらメジャーな雑誌ということもあって、たいていの図書館は定期購読しているはず。わたしの住む市の図書館にも案の定あったので取り寄せてみてみました。こういう時図書館は本当に便利。見終わったら普通に返せばいいですからね。買ってしまったら雑誌が邪魔で困ったと思う。まあ、新聞と一緒に資源ごみに出すしかないよね。

 んで、肝心の内容はどうだったのかというと、はっきり言ってかなりどんよりと暗いです(^^;

 坂本頼光ってブラックなパロアニメ「サザザさん」で知られる人だけど、こんな暗い映画も演るのか。でも普通にうまかったですよ。本来90分ぐらいあったはずの話を52分に詰めているから、若干駆け足になってますが、こういう場合無声は結構便利。それほど気になりません。

 なんと舞台は北方領土・南樺太。カニ缶詰工場を経営する兄弟が難局に襲われ、経営を守るために不正に手を染めるか良心に殉じてすべてを失うか悩むというストーリー。デビュー間もない原節子がいる!という売り文句ですが、本当にただいるだけ。まあ見たかった人は大半が内田吐夢ファンでしょう。私もそうです。そういう意味では「新潮45」さん、ありがとう。

 本来プロレタリア色をもっと打ち出したかったけど検閲で切られ監督としては不完全燃焼に終わった作品のようです。同年制作の「人生劇場」の方が世評は高かったようだし(これも音なし短縮版のみ現存・涙)。しかし当時の北方領土を描いたドキュメンタリータッチはなかなかに見ごたえがありますし、なによりも制作年を考えるといろいろと深読みせざるを得ない。

 制作年代は1936年。つまりあと5年で日米開戦という坂道を転がり落ちていくさ中に作られた作品です。舞台は小さなカニ缶工場ですが、寓意が強く感じられます。理想主義者の兄の「人は良心のみに従って生きるべきだ」という訴えは、現実主義の弟や船員たちの「みんなやってることじゃないか、正直者が馬鹿を見るんじゃ意味がない」という反論と響き合って、当時の日本の姿にぴったりと重なってしまう。実際の日本を席巻したのは弟の方の意見。しかしここに及んでここまではっきりと反植民地主義を掲げた同時代の映画というのはちょっと見たことがない。

 たとえ飢えることになったとしても植民地侵略などという不正に手を染めるなどということは絶対に許せない。暗い物語もそう考えるとまるで違って見えてくるはず。そしてだからこそこの作品が貫いた気骨は一見の価値があるといえます。
posted by てんちょ at 00:58| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サイレント映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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