2012年03月26日

中之島映像劇場全体芸術の試み「朝から夜中まで」「御誂治郎吉格子」

 大阪の国立国際美術館で開催された無声映画上映会。こんな近くで見られるのであれば行かないわけにはいかない。澤登翠+柳下美恵のフィルムセンター名コンビ、実は生で体験するのは初めてです。

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 一本目の作品は1921年、ドイツ表現主義の傑作とされる「朝から夜中まで」(カールハインツ・マルティン監督、69分)。なんとこの作品、本国ドイツでは検閲・試写で二度上映されているものの一般公開されたという記録がありません。日本では東京の本郷座で公開され、批評家の絶賛を浴びたそうです。そして時代はめぐり戦後になってこの作品のプリントが日本で発見されます。どんなめぐり合わせか世界でフィルムが発見されたのは日本でのこの一本のみ。ただしなぜか字幕がすべてカットされていたため、近年になってドイツの映画博物館が検閲資料を参考に字幕を復元。劇中に使われているルーン文字のような雰囲気たっぷりの字幕がよみがえりました。つまりことこの映画に限っては、日本で映画が保存されていて、そのマスターから世界じゅうで上映されているわけです。しかもこれ、日本での保管とは信じられないほど状態がいい。本当、どこにあったんだろう。

 さて肝心の内容はといいますと、老いた出納係が凡庸な生活に耐えられなくなり、金を持ち逃げするものの望んでいた快楽はまったく得られず、罪悪感に押しつぶされて自滅する、という単純かつ陰惨な物語。ただし、この世界が非常に書き割りじみたドイツ表現主義の舞台装置の中で演じられているのがミソです。大傑作「カリガリ博士」で知られる歪んで作り物めいた舞台装置がここではさらに誇張・簡略化され、悪夢的な感触を強調します。

 さすがに「カリガリ博士」ほどの怪奇・幻想美はありませんが、ワイマール共和国の混乱と鬱積がこれほど手に取るように感じられた作品はなかったと思いました。ああ、これがそうなのか、という感じ。ドイツに関心を持つ人間には必見の傑作といえます。貧しいとはいえ明日の食に困るほどではない、しかし希望はまったくなく未来は真っ黒に塗りつぶされている。この鬱積から逃れるためには、その場限りの享楽に身をゆだねるか、あるいは自暴自棄から暴力に走り周囲をひっくり返してウサを晴らすか、ぐらいしかない。

 ジークフリート・クラカウアーによる映画論「カリガリからヒットラーまで」(せりか書房)では、ヒトラー登場の先触れとなった作品として「カリガリ博士」を挙げていますが、私にはずっとそれが納得できなかったのです。本来はカリガリ博士が捕縛されて終わるはずが強引に結末が変えられてしまった。それはヒトラー的なものを待望した当時のドイツ世相に則ったものであり、それがなければはるかに傑作になったはずだというのだけど…いや、カリガリ博士は現行版がベストでしょう。あの悪夢的ラストは本当に衝撃的だった。むしろヒトラー登場を予見したのはこの作品。ただしヒトラー的犯罪と暴力に身を委ねた結果の破滅まで描いたことがこの作品のすごすぎた点。当時のドイツで上映できなかったのだとしたら、それは無理もなかったことだろうなあ…

 さて、こちらは柳下さんのピアノ伴奏のみ。前日には澤登さんの活弁つきバージョンもあったそうで…ううん、見たかった。実際、両日の演奏はまったく異なるものだったそうです。今回柳下さんはピアノだけでなくシンセサイザーも駆使し一人で効果音なども入れながら独自の世界を見せてくれました。

 そしてもう一本、おなじみの「御誂治郎吉格子」。なんかもう無限に何度も見ちゃってますよ(^^;無声といえば毎度これなのはさすがにどうなのか…先日は浜村純活弁公演なんてのもあって大盛況だったらしい。そんなに借りやすいのか?これ。どうせなら今後は「忠次旅日記」をもっと積極的に上映してほしいですけどねえ。

Talking Silents 7「御誂治郎吉格子」「弥次喜多 尊王の巻・鳥羽伏見の巻」 [D...

Talking Silents 7「御誂治郎吉格子」「弥次喜多 尊王の巻・鳥羽伏見の巻」 [DVD] / 大河内傳次郎 (出演)

 とはいえ今回は澤登翠版としては初見。柳下さんの演奏もこちらはうってかわって時代劇に寄り添うように和調のリズム。前回の井上陽一版と比較してみると大変興味深かった。

井上版 http://tenchyo.seesaa.net/article/112156523.html

 前回も書きましたけど、井上氏は関西弁士の流派なので、非常に女性の描き方が色っぽい。治郎吉にもて遊ばれ翻弄される二人の少女の哀しみとひとかけらの意地がくっきりと浮かび上がります。井上版で見ると治郎吉は結構いい加減でいやな男なんですね。だからこそ最後の伏見直江の一撃がフェミニズム的な逆襲としてクローズアップされる。

 これに対して澤登さんの口演は実に男声が雄雄しい。女性なのにチャンバラものの第一人者を誇っているのはすごいこと。ポールさんがいつぞや書いておられましたが、みゆきちも顔負けの声優ばりな男女自在の声色は、生で聞いてこそ迫力を実感できますね。しかし分けても男前な声には惚れる。そして結果として浮かび上がってくるのは、無辜の女性たちを不幸に突き落とす罪悪感にさいなまれながらも無力な小市民としての治郎吉の姿なのでした。つまり澤登さんは完全に治郎吉視点、井上さんはヒロイン視点。弁士の性差とまったく逆になっているのが大変に面白い。

 思えばこれが活弁の面白さなんだろうなあ。今後は他の弁士さんの語りももっと積極的に追いかけていこう。

 ところで終わった後のトークショーを聞いていて思ったんですが、二人とも第一人者とは思えないぐらい謙虚で驚いた。この謙虚さこそが映画を輝かせる力なんだろうな。次回もきっと行こう。
posted by てんちょ at 02:38| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | サイレント映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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