それはさておき…とうとうラスト一歩前まで来てしまいましたね。なんか感慨深い。
へうげもの(14) (モーニング KC) [コミック] / 山田 芳裕 (著); 講談社 (刊)
![へうげもの(14) (モーニング KC) [コミック] / 山田 芳裕 (著); 講談社 (刊) へうげもの(14) (モーニング KC) [コミック] / 山田 芳裕 (著); 講談社 (刊)](https://images-fe.ssl-images-amazon.com/images/I/41eHBdUKd%2BL._SL160_.jpg)
そしてここにきて最新巻も出ました。とうとう関が原か…この場面がアニメとなることはあるのかどうか。ないんだろうなあ。それはそれとして信者としてはさびしい気もしますが。まあ、われらが社長がアニメ化しなかったらこの原作を読むこともなかったろうし、骨董に入れ込むこともなかったでしょう。まあもともと「なんでも鑑定団」は見てましたが。
やはりクライマックスまで来ると、やはりこの物語は利休と秀吉の物語だったのだなとしみじみと思います。特に真下版のアニメとしてはそうですね。才知に長けた道化者としての足軽時代から苦悩する孤独な王となった晩年まで、それぞれのキャラクターをきっちりと演じ分けながらもひとつのまとまった人物像を描ききった江原さんの技量の見事さは記憶にとどめたいと思います。まさしく、フライデー・マンデーおよびイートマンとならんで、代表作となりました。
そんな秀吉に影のように従いつつ呪いのように枠をはめつづけた男としての利休、これまでの利休像を破壊するのではなくそれらをあくまで踏まえたうえでより史実に近い利休像があるとしたらこんな風ではないかと模索してみせた野心の深さには驚かされます。むろん、「大男」としての利休を描いた原作は大したものなのですが、そこに血肉を与えたのはやはりこのアニメ版。こんなにも欲深くそれでいて恐ろしいまでに禁欲的な利休というのはみたことがありません。
そんな二人が激突するのだから、死が必然となるのもやむを得ないことなのでしょう。それにしても、これほどまでに「切腹」という秀吉の決断が説得力を持つことになった作品は初めてです。
利休の沙汰を巡って背後では暗殺やら叛乱やらが渦巻いていたと。そしてそれを止めるためには、利休を文人ではなく武人として処分せざるを得なかったと。なるほどなあ…
そしていよいよ次回、最終回。どんな切腹の場を見ることになるんだろう。高まる期待。