前回に続いて悲しい話ですが、不思議な希望の芽が残されているためか、実に変わった手触りが感じられます。そもそも蟲の生態系に関する記述については、かなり詳しく説明することが多いこの作品ですが、マガリダケが人を身ごもらせる仕組みについては驚くほど何も語っていない。そのことは別にかまわないし、そんな場合もあっていいと思うけれど、結果としていつもと相当に異なる印象を受けます。幻想度5割増し、って感じでしょうか。
竹落ち葉の吹雪、という独特の幻想演出に呆然。
マガリダケが竹に寄生するメカニズム、その影響の及ぶ範囲を実測で把握していくギンコの方法論は、いつも同様にかなり博物学的。その竹から出る水を飲んだ生き物がすべて影響下に置かれ、マガリダケの親竹の影響範囲内から出られなくなるというのもよく分かります。ただ、その水を持っているだけで影響が及ぶというのはかなり魔術的で、いつもの蟲師とはかなり感触の異なる展開。どちらかというと、これは漆原氏自身が意図的に行っているな、という気はしました。
そもそも今回はほぼ舞台が竹林の中、という実に特異な展開。竹林は現代でもかなりありふれた存在ですが、やせた土地の象徴であり、樹木を放逐し単一の遺伝子で一帯を埋め尽くす竹という存在は、かなり異様な生態系といえるのではないかと思います。ある意味、蟲に似てますよね。
私の知人でも竹山を持っている人がいるのですが、中国産の竹の子が市場を席巻していることもあって、国産の竹を商品として流通させることはかなり困難。竹炭を作ってみたり、かなり苦労しているようです。毎年春先になると「竹の子を掘りに来てくれ」と言われるのですが、そんなに食べ切れるものではないし、そもそもその人の家までは遠いし、結構迷うところ。
実は竹林の維持は、かなり面倒なのです。かなりこまめに竹の子を収穫して手入れをしていかないと、あっという間に日が差さなくなり、荒れ放題になってしまう。この作品に出てきた竹林はまだ整備されていたほうです。村人が入っていたとは思えませんから、キスケがかなりマメに手入れしていたのでしょうね。私がよく通う大阪近郊の山でも荒れ放題の竹林があります。これはもう、まぎれもないカオスです。枯れた竹が立ったままあちこちに倒れ掛かり、足の踏み場もなく、中は昼でも真っ暗で、はっきりいって分け入ることは不可能。
こうなってしまうとどうしようもなく、台風の時に土砂崩れの原因になったりしてかなり危険(竹林に土留め作用はほとんど期待できません)。そうならないためにも、竹林はあまり金にもならないのに整備し続けるほかなく、多くの竹林所有者が渋々整備している、というのが実情のようです。
こうした竹の不思議さ、竹の厄介さが、かなり巧妙に幻想とシンクロして、独特の効果を上げていたような気がします。非常識なほどの速度で生い茂り、版図を拡大していく竹林の中ならぱ、このような幻想譚も説得力をもってくる、ということでしょうか。
今回はあえてストーリーに一切触れずに分析してみました。
ただ最後に、今回本当に驚いた表現を2点。
セツに切り倒されたマガリタケがズルズルとヤモリのように這いながら闇に消えたシーン。これは本当にドキッとしました。まさしく幻想的官能というべき今回のエピソードを象徴するシーンでしょう。
そして最終カット。妻と娘の墓から生えた竹の子から、赤ん坊の泣き声が聞こえている。このことは一人残されたキスケにとって希望の象徴かもしれないし、新たな厄介の種でしかないかもしれない。でもそのことには触れず、ストンと断ち切るように、物語は終わる。ここから先は、我々が立ち入ることのできない領域であると宣言するかのように。
本当に奇妙で特異なエピソードでした。
2006年02月05日
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